父と子とアギャーの名の下に
「君かわいいね。彼女いる?おじちゃんが代わりに遊んであげましょうね。いひひ、えへへ」
なんだ? これは?
イケダが、小さなうなり声をあげると、キンジョウが酔っ払いを殴りつけた。酔っ払いは悲鳴を上げて床をはいつくばり、店を出て行った。
店を出る時、イケダは代金を払わなかった。イケダほどのやくざになると、店に来るだけで店の価値が上がるので払う必要がないのだそうだ。
酔っぱらって吐いた。うーん。やくざの道は厳しいなあ。
チャーリーズカフェという喫茶店でホットコーヒーが香ばしい匂いを立てていた。日本人の音楽少年たちが目の前にいた。
「俺たちと東京に行ってビックになろうぜ。白人の美少年がメインボーカルって日本人に受けると思うんだ。このまえのライブはすごかった。お前は人を動かすマジカルタレントがある。おれたち3人は、ちょっとコードを間違えただけですぐビール瓶が飛んでくるようなコザのライブで腕を磨いてきたんだ。テクニックは抜群だぜ。俺たちに任せれば成功は間違いない。東京にはきれいな女の子がいっぱいいる。いっしょに金持ちになろうぜ。お前の日本語もちょいとしたもんだけど東京に行けばもっと上達するさ」
お金持ちになって女の子にもてるのもいいかもしれないけど、ぼくはやくざになるって決めたんだ。
「ぼくはやくざになる」
「はあ? お前何言ってるんだ」
「ぼくは仁義のスピリットにラブしている。誰も俺を止められないぜ。ふふふ」
「意味がわからねえ。第一、お前は背が低くて殴り合いって柄じゃない。はっきり言ってけんかは弱そうだ。歌がうまいんだからそのアドバンテージを生かすのが人生の成功の近道だと思うぞ」
ぼくはポケットから素早く、イケダからもらった飛び出しナイフを出した。 刃がシュパッっと出た。
「どうせ、東京に行っても、自由はない。レコード会社にへいこらして奴隷みたいに働くだけだ。ぼくが欲しいのは自由だ。ケンカは腕力じゃねえ。頭とナイフを使って嫌なやつを全部やっつけてやるんだ。そのうち空手もマスターしてもっと強くなってやる。じゃあな、これでお別れだ」
ぼくは肩で風を切って店を出た。コーヒー代は払わなかった。
まぶしい朝の光に顔をしかめながら店を開けて、掃除をしていると白いワイシャツを着た日焼けした背の高い老人が現れた。教会の牧師さんだった。
「私が君の父親、ニューマンだ。今まで黙っていて悪かった。こんな年寄りが父親と分かってがっかりしているだろうね」
「大佐というのはうそだったんですね」
「大佐以上の階級は永久称号だ。退役しても名乗ることができる。だからうそではない。それより自分のことをわかってるのか。それは私が必要としていることだ。わかったら海兵隊に入れ、もうすぐ君は十六歳だ。この書類にサインしなさい」
「今までぼくのことを放り出しておいて、いきなり命令ですか。まるで神様のようですね。十六歳になったらぼくは自由です。父親というのはそんなに偉いんですか。身勝手だ。あんたに捨てられた母は寂しさで麻薬に手を出して死んだ。あなたは冷たい血の人間だ。帰ってください」
「君は君の状況をわかっていない。君の人生はこれから長く続く。続かせなければならない。わかるか?」
「ぼくはやくざになる。ドラゴンのタットーを入れて自由に生きるんだ。死ぬのは覚悟の上だ。長生きしたいとは思わない。あんたには頼ることはごめんだ。断る」
「知らないだろうが、君が敬愛するイケダというやくざは麻薬の密売人のボスだ。あの男のせいでたくさんの日本人が麻薬中毒に苦しんでいる。君は君のお母さんが苦しんでいるのを見ているんだろ。君の愛する母親を殺したあの残酷な犯罪行為に進んで命を捧げることができるのか?」
「そ、そんなことは知らない。ともかくぼくがあなたとあなたの海兵隊をどれだけ憎んでいたか、あなたはわからないでしょう。お金をくれるなら、金を置いてさっさと帰ってください」
「まだわかっていないようだな。人生は戦争と同じだ。常に情報を集めなければならない。君はPX物資を横流しするビジネス、アギャーをしていた。チビだから見逃されていたけど、コンサートで、アギャーを暴露したのはまずかった。あの晩、PXマフィアがピストルに手をかけていたんだぞ。殺されてもおかしくなかった。わかっているのか?お前が死ぬだけじゃない。日本の友人たちも巻き添えになって死んでいたかもしれないんだぞ。注目され始めたから、何かあれば今すぐ殺されるかもしれない」
ぼくはびっくりして返す言葉がなかった。
「日本人の子供が野犬に殺された。やったのは君がヤンバルに捨てた大型犬だった可能性がある。小遣いを稼げて気持ちよかったのかもしれないが、どれだけの人が迷惑したか考えたことがあるのか?君のいう自由はその程度のものだ。世間知らずで学業のラジオをさぼる怠け者の本質を隠すための卑劣な行為だ」
ぼくは泣きながら言った。
「ぼくは何て言うか、つまり、とてもつらかったんです。いつも腹ペコで、いじめられ、バカにされて。少しだけお金があれば、美味しいものを食べられて幸せになれるって気が付いたのがぼくの生まれて始めての希望だったんです。ぼくは沖縄が好きです。コザの町が好きです。コザでがんばって自由になりたいんです」
「辛いことや嫌なことから逃げることが自由ではない。運命に正面から向かいあうことにこそ本当の自由があるんだ。君もいずれはわかる。まず君は周りの人が君を愛していて助けていることをストレートに認めるべきだ。神様が無償の愛を振りまいているって信じているおめでたいどこかの教会の人みたいにね。そして情報を集めてそれを整理するんだ。不正行為から距離を置くんだ。海兵隊に入れば、犯罪組織から君は守られる。海兵隊は家族だ。それは君が求めていたものだ。慣れたら気に入るだろう。私は君の情報を集めて時間をかけて判断した。君も情報を集めて時間をかけて判断してくれ」
「あなたは私の本当の父親ではないのですね?」
「頭のいい君には隠しても無駄だから本当のことを言おう。そのとおりだ。君は戦死した部下の息子だ。私は戦死した部下の子供の何人かを養子にしている。君のお母さんは残念だった。君の父親は勇敢な男だった」
ニューマン大佐は入隊志願書を置いて帰っていった。
それから数か月後、私は那覇空港から飛行機に乗った。顔なじみの動物検疫所職員が、小さなベッコニングキャット(招き猫)を餞別にくれた。
「この猫なら検疫証明書がいらないよ。」
サンフランシスコで飛行機を乗り換えて、サンディエゴのブートキャンプに行って、旅行命令書と軍属のIDカードを提出した。入隊日は雲一つない晴天で空がまぶしかった。
ティダカンカンデアチココーネ(:太陽が暑いね)、と沖縄の言葉をつぶやいた。
鉄棒のように背筋がピンと伸びた大佐が訓示を述べた。
作品名:父と子とアギャーの名の下に 作家名:花序C夢