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父と子とアギャーの名の下に

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何か困ったことがあるの? ボブ。
うん、実は困っている。
すごーく困っているなら僕はなんでもするよ! お金で困ってるの?
でも、お前にはお金はないだろ。
四万五千円までなら貸すよ。
ええ!そんなに持ってるのか。本当に貸してくれるのか?
今すぐ届けるから、場所を教えて!

 ぼくは、自転車を走らせて夜の国道1号線を20km南下した。那覇の国際通りでボブを見つけてお金を渡した。
「返すのはいつでもいいけど、絶対に返してね。それからお金の出所は聞かないでね。それから、この前、リチャードにボコボコにされたんだ。僕に手を出さないようにちょっとだけ脅かしてほしいんだ。」
「お安い御用だ。今日のことは君と僕との秘密だぜ。本当にありがとう」

 翌日、リチャードは獣医部隊に寝ぼけ眼で出頭するとボブ軍曹に呼び出された。
「おはよう、この犬が君に挨拶したいらしいぞ!それ!!」
 凶悪な犯罪者の右手を確実に噛み砕くための凄絶な訓練を受けたベルジアン・マレーという品種の大型軍用犬が本気で吠えたてた。リチャードをかみ砕く寸前でボブはリーシュを引いてストップさせた。リチャードはガタガタ震えて腰を抜かし、ジョセフに手を出さないことを約束させられた。

 コザの町に銃声と悲鳴が轟いた。通称「アギャーの戦い」が勃発したのである。PX利権を元に勢力を拡大したコザのやくざ、嘉手納派が、那覇のみかじめ料をシノギとする那覇派と対立したのである。下っ端同士の殴り合いは、親方(ウエーカタ)と臣下(シンカ)のネットワークを通じて全面戦争に発展した。本土のやくざと違って「手打ち」のシステムがないため、仲裁をする者は皆無だった。
 ボブから呼び出されたぼくはクルマの中でボブの話をうなだれて聞いた。
「アギャーはやめろ。お前はちびだから今まで見逃されてきたんだ。リチャードみたいなでかいやつがやったらPXマフィアから制裁を受けからリチャードはお前を使っていたんだ。PXマフィアは日本のやくざと手を組んでトラックを使って大規模に横流しをして金を稼いでいた。やくざの抗争でPXマフィアは商売できなくなっていらだっている。お前も体が大きくなってきたし、目を付けられたら殺されるぞ。」
 ぼくはがっかりした。お金を得る手段がなくなった。さようならソーキソバ。あんなに愛していたのに。

 次の日曜日は雨だった。教会で日本人の少年3人が僕を待っていた。髪の毛を延ばしていかれたかっこをしていた。お前は歌が上手いからうちのロックバンドで歌ってくれないかというのである。試しに1曲だけならという約束で、その日の夜にコザのライブハウスで歌うことになった。
そして歌ったのである。あのアギャーの歌を。

自分の事をわかってるんだろ、それは私が必要としていることだ。
美しい女だけひざまずいてよく聞け!
私は沖縄で生まれ、アギャーに育てられた!
ゴットオブアギャー! そしてロックンロール!
呪文を唱えてお前たちの金銭感覚を奪ってしまうのだ!
私はゴミ捨て場の神
現代の鋼鉄の男
後ろめたいことを集めておまえたちを喜ばせる。
だからアギャーの前にひざまずけ!
そしてロックンロール
呪文を唱えてお前たちの金銭感覚を奪ってしまうのだ!
アギャー! アギャー!(Kissの God of thunderの歌詞を改変、筆者注)

 ぼくはこっけいな動作で手首を指で叩きながらステージを走り回った。会場内は大爆笑である。舞台裏に引っ込むとアンコールの声が沸き起こった。
 僕たちはステージに戻っていった。ベースギターのリズムが安定してキレキレで歌いやすかった。すごい奴らだ。

 それから数日後のコザ市街、12月20日の夜、乗用車から黒い煙がもくもくと立ち上った。それも1台や2台ではない。時折ガソリンに火がついてオレンジ色の火柱が上がった。炎が照らしだしたのは怒り狂った人間の顔である。
 アメリカ兵たちは繁華街で飲酒をするためコザや那覇の繁華街に自家用車で出かけ、泥酔しても構わずに車を運転して基地に帰っていた。人身事故を起こしても責任を取らない米兵たちに怒り狂った人々が、蜂起した。
 ナンバープレートを見れば持ち主がアメリカ人かどうかわかる。暴徒はアメリカ人の乗用車を焼き、アメリカ人に暴行を加え、Aサイン(米軍指定)の店を破壊した。
 いわゆる「コザ暴動」である。
 頭から血を流した米兵が次々にバーから転がり出てきた。通報を受けた琉球臨時政府は遠巻きに催涙弾を発射したが、興奮した群衆はものともせず暴れまわった。
 アメリカ軍憲兵隊が出動して、群衆に向けてついに実弾が発射された。
「殺せるもんなら殺してみろ、ウチナー(沖縄)のマブイ(魂)をみせてやるさ!」
 長い白髪をなびかせて疾走した老人がジュラルミンの盾に激突し、はじき返された。
「アメリカ世を終わらせるさー! 戦果をアギャー(:戦果を挙げよ)」
 男たちは次々に憲兵隊に突入した。
「おじいに続け! たっぴらかせ! たっくるせ!(やっつけろ!叩き殺せ!)」絶叫が轟いた。
 75台の乗用車が炎上。飛び交う銃弾。そして重傷者多数。しかし死者はでなかった。車に腰かけて、「これは黒人の車だ。差別されている人のだから燃やしてはだめだ」と黒人の所有する車を命がけで守った日本人もいた。
 アメリカ軍は軍法会議に日本人有識者の同席を認めるようになった。

 これが最後のソーキソバになるかもしれない。ぼくはブルーな気分でソーキソバを食べていた。目の前にサングラスをかけた日本人が座った。
「お前はソーキソバが好きだな」
「あなたは英語がお上手ですね」
「いろいろ事情があってな。お前は若いのに男らしい目をしている。困ったことがあったら俺のところに来い。俺はイケダだ」
「強いリクエストあります。ぼくに空手を教えてください。沖縄の人はみんな空手をやるんでしょ」
「強くなりたいなら仁義の心だ。そいつがわからないと男は強くならない」
「ジンギってなんですか?」
「ジンギとは、マーシーとジャスティスとロイヤリティとフィアースをミックスしてコンジュゲートしてブラッシュアップしてブーストアップしたもんだ。本物のヤクザはそいつを魂にぶち込んで生きてるんだぜ。これを見ろ、ドラゴンが動いているだろ」
 イケダはシャツを脱いでドラゴンの入れ墨を見せた。
 逞しい上半身の肌をうろこ模様が本当にうねうねと動いていた!
 東洋の神秘だ!
 ぼくは一発でイケダにイカレテしまった。彼のように強く、かっこよく自由に生きたい。仁義のスピリットで入れ墨の龍を動かしてみたい。軍隊なんかクソくらえだ。
 イケダに連れて行かれて、生まれて初めてお酒を飲んだ。
ソファーがあってテーブルがあって、氷と水とウイスキーが並べられていた。きれいな女性が水割りを作ってイケダに次々と差し出していた。池田はゴクゴクとグラスを空けていた。
 隣にはイケダの子分がいて、キンジョウだと静かに自己紹介をした。小指の先が無かったが、やくざのしきたりではへまをやった者は指を切り落とされるペナルティがあるらしい。
 隣の席の酔っ払いが手を伸ばしてぼくの体をべたべた触り始めた。