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父と子とアギャーの名の下に

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 航空会社のカウンターに行くと、見たことがある犬のケージがあった。安堵して、受け取りにサインをして走って税関に向かった。申告はありますかと言われたので、ドッグ!と答え、検疫証明書とフォーム380を提出してスタンプをもらい、ゲートを出た。飼い主の母親がバナーを掲げて犬を迎えに来ていた。満面の笑みを浮かべて感謝された。
「わざわざ遠くまで来てくれてありがとう。美味しいフランス料理をご馳走するからうちに泊まっていってね」と言われた。美味しいものには絶対的に興味があるのだが、ぼくはその日のうちに日本に帰らないといけない。ああ、なんてぼくは不幸なんだろう。

 沖縄に戻って数日後、ピザとコーラを買いにPX(売店)に行ったら、あのリチャードがいた。初めて獣医部隊に行ったときに意地悪をした奴だ。
「おい、小僧!コーラをおごってやるよ。だから頼みがあるんだ。ゲートにいる日本人に会ってお金をもらって来い。その日本人はこういうジェスチャーをしている」
 人差し指でトントンと手首を叩いて見せた。コーラは家で飲めるけど、断ったら殴られそうだ。
 ゲートを出ると、日本人女性が近づいてきて周りを気にしながらトントンと自分の手首を叩いていた。
「ハロー、リチャードの友人です。彼に用事はありますか?」
 彼女は満面の笑みを浮かべてだまってお金とメモを渡した。
 PXにもどってリチャードにお金とメモを渡したら、待ってろと言われて、店に戻り、紙袋を渡された。「これをまたゲートの外に行って、その日本人に渡すんだ。いいな!」と言われた。中身を見るとビール半ダースと歯ブラシだった。それからもこうした使い走りは続けた。やらないと殴られるから仕方がない。

 今日は犬の世話とお留守番だ。おとなしい長毛種の犬はブラシをかける。中型及び大型犬は散歩させる。ペットホテルもやってるので、犬の数は多い日も全くいない日もある。ベスもぼくも日本語ができないので客はアメリカ人だけだ。暇な時にはラジオを聞いて過ごす。
 犬に対して言ってみた。「どうしてぼくはこんなに不幸なんだろう。親も友達も無くて、いじめられてバカにされて、ピザしか食べられなくて、お金がなくて、チビで弱くて頭が悪くて勉強も嫌いで・・・・・・」
その時犬が激しく吠えた。犬が吠えるのは当たり前だけど、学校の先生が説教をするような感じだった。「生まれたからには楽しまなくちゃ。犬でも人間でも同じだ。この未熟者め!」という声が頭の中に響いた。ぼくは犬にもバカにされるのか。ぼくはうずくまり泣いた。

 ある日、コザの町に出ると顔なじみになった中年女性が手招きをしていた。
 ランチをおごってやるとのこと。ラッキー!食堂で出されたヌードルはいい匂いがした。生まれて初めてハシを使い、そして食べた。肉の間の白い脂身から汁があふれて麺とブラウンスープと絡み合い、スパイシーな野菜がワイルドなアクセントになっている。機内食より美味しい。これはなんですか?と聞くと、「ソーキソバ」とのこと。 
 日本人はこんな旨いものを食べているのか。ピザより百倍旨い。生まれてきてよかったと初めて思った。
 そしてソーキソバは僕の目を覚まさせた。PXの買い物で稼ぐリチャードたちは毎日ぼくより旨いものを食っているに違いない。絶対に絶対に許さないぞ! どんなことをしてでもまたソーキソバを食べてやると固く心に誓った。
 次の日、ゲートでお金をもらってPXにお金を持っていってビールや日用品を買い、足早にゲートに戻り、日本人に渡した。結構な金額が手元に残った。
 リチャードが腕を振り回しながら追いかけてきた。
「お前、俺に内緒でアギャーしたな?」
「アギャー?」
「PX物資の横流しをアギャーって言うんだ。俺を通さずにやるんじゃない。」
「あんたにそんなことをいう権利はない。」
「アギャーは違法行為だ。つまりお前はギタギタにされてもMP:憲兵隊に行くことはできない。お前は誰にも頼ることはできない。さあてどうしてくれようかな。」
 リチャードは自転車のチェーンをくるくると回し始めた。
 気が付くとぼくは血反吐を吐いて倒れていた。
 うーん、どうしたらリチャードに勝てるだろう。ただで空手を教えてくれる日本人はいないだろうか。

 沖縄の太陽は午後になると残酷なほど強い。傷口に汗が流れ込んで痛い。がんばってクルマを洗っていると、大男がランクルから下りてきて、大声で話しかけてきた。
「ハローバディ! 俺はアメリカ本土にもどるんだが、この犬の引き取り手を探している。沖縄では大きな家に住むことができて天国だったけど、本土では集合住宅だからな。大型犬は飼えないんだ。困ってるんだ。頼むよ」
 ぼくはひらめいた。
「そのようなビジネスは引き受けることができません。でも内緒にしていただけるなら、やってもいいですよ。手数料として今すぐ5万円現金でいただきます。」
「おいおい、ずいぶん高いじゃないか」
「飼い主はアメリカでしか見つかりません。輸出代行料金と輸送料も含まれますから妥当な金額だと思いますが」
「OK、じゃあここに犬と金を置いてくぜ!小僧。バーイ!」
「このことはぜったい秘密でお願いしますよ!」
 ぼくはクルマを運転して北へ向かった。もちろん免許なんてものは無くて車の運転は初めてだ。Ada Villageと書かれた場所から未舗装路に入り、しばらく行ったところで車を停めた。
 深呼吸をしてからつぶやいた。「地獄で会おうぜ、ベイビー!」
 ぼくは犬の入ったケージをクルマからジャングルの中に蹴落とした。ケージの中から大きな黒い動物が飛び出し闇の中に消えていった。不気味な鳥の声が響いた。何食わぬ顔をして、店に戻り、ピザを用意した。

 初めて自分でお金を払ってソーキソバを食べた。食堂のおばさんに胸を張って空手の達人を紹介してくださいと言うと、老人の前に連れて行かれた。冬を越した案山子のようによぼよぼだ。椅子から立ち上げることはなかった。おばさんの通訳では、空手はまず呼吸が大切、目つきが大切とのことだった。鏡の前で一時間、深呼吸をしながら自分の顔をにらみつけるように言われた。次の修行の段階で役に立つことがあるとのことだったがそうなんだろうか?

 日曜日にはベスに教会に連れて行かれた。基地の外にある小さな教会で日本人もいた。海岸通り沿いにあって、白い砂浜がまぶしかった。
ただで空手を教えてくれる達人に出会えますように。ソーキソバを再び食べられますように。と心から祈った。今のところぼくの願いは2つしかない。
 神様なんているわけがない。だから牧師さんは嘘つきだ。どうしてこんな退屈な長話をできるのだろう。讃美歌をみんなで歌った。背が高い年寄りの牧師さんは、僕の声が素晴らしいとみんなの前で褒めてくれた。こんなに褒められたのは生まれて初めてだ。
 ありがとう、嘘つき野郎。ぼくはクルマを洗うときにはいろいろな歌を大声で歌うようになった。

 ベスが飲みに出かけて不在の夜、電話がかかってきた。こんな夜更けに誰からだろう。
「ハロー、ジスイズヒガペットショップ!」
 電話の主は軍曹のボブだった。
ベスはいるか?
今夜はいないよ。
そうか・・・・・・。