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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Firehawks

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「はい」
 作法を理解した川谷が顔を前に戻しながら答え、鎌池は深川の方を向いて歯を見せながら笑った。
「では、ここから引き取ります」
 深川がうなずいて、溝口がモスバーグをスカイラインのトランクへ入れた。川谷は三人の顔を代わる代わる見ながら、言った。
「なんて呼んだらいい?」
 鎌池は鼻を鳴らして笑うと、自分の頭を指差した。
「おれは、ゴマシオでいい」
 深川は溝口と顔を見合わせた後、川谷の顔に目線を戻して、言った。
「メガネとポニテで覚えとけや」
 倉庫から出て裏手に回り、伊達眼鏡を外した深川がアコードSIRに乗り込んだとき、髪を支えるピンを抜いた溝口は助手席に浅く腰かけて言った。
「うまくいくんでしょうか?」
「どうやろな」
 密輸銃を扱うグループは、あちこちにいる。川谷のグループが目立ったのは、弾を用意しているからだ。その場合、拳銃を家に飾って満足するようなガンマニアの顧客だけではなく、仕事の道具として銃を必要とする人間も抱えている可能性が高い。深川はアコードを発進させると、バイパスへ通じる一車線の道路に入った。溝口は静かだが、それは考え事をしているときに動作が全て止まるからだ。
「溝口、聖書やけどな。罪を犯したことのない者だけが石を投げろって言うたら、誰も投げんかったって話。知ってるよな?」
「はい、どこでかは忘れましたけど、聞いたことはあります」
 溝口は姿勢を正しながら、深川の方を向いた。
「その場に放り込まれたら、どうする?」
 深川が言うと、溝口は通り過ぎていく景色と相談しているように静かになったが、ふと思いついたように言った。
「罪を犯したことがない人だけ投げろって、ややこしいことを言った人を押さえにかかると思います」
 深川は首を横に振った。
「先にやることがあるやろ。地面に落ちてる石を拾っとくんや。投げるもんがなかったら、どないもできん。それをするんが、おれらの仕事や」
「機会を作らせんってことですか」
 深川はうなずいた。
「罪の意識がない人間は、そもそも人の話は聞かん。あと、いくらなんでもキリストをシバいたらあかんやろ」
 溝口の前髪が少し揺れて、笑ったのが分かった。深川は追い越し車線に移ってアクセルを踏み込むと、続けた。
「三課には興味ないか? 左巻きをシバき回す仕事や。極左はキリスト崩れが腐るほどおるぞ」
 溝口は途中まで顔を伏せながら笑っていたが、その意味に気づいて真顔に戻ると、顔を上げた。
「異動ですか。私を?」
「単に、興味があるかどうかや」
 深川は走行車線にアコードを戻して、溝口の返事を待ち構えるようにスピードを少しだけ落とした。溝口は首を横に振りながら、言った。
「精一杯、頑張ります」
「せめて首は縦に振れや。絶対嫌なんやな、分かった」
 深川はそれ以上何も言うことなく、ナトリウム灯が等間隔で続くバイパスのアスファルトを見つめた。親元の銃器犯罪対策班が石ころを拾い、機動銃殺隊は撒いた人間を磔にする。しかし溝口がターゲットにしているのは、石ころを投げるべきかどうか遠巻きに判断を下している人間だ。それを捕まえるのは捜査一課の強行犯係だが、連中が追うのはあくまで『事件』であって、相手の懐に潜り込んで先手を打つことはない。そんな強行犯係の手元には、一九九九年から二〇〇二年にかけて起きた殺人事件が二十件ほどある。被害者を見る限り暴力団員同士の揉め事と考えられていて、銃が使われていたのも二十件中六件で、どれも『通常営業』と判断して差し支えの無い事件だった。異様だったのは検視結果で、その殺され方だった。銃が使われた六件では、どの被害者も急所に数ミリの誤差で複数の弾が撃ち込まれていた。つまり鉄砲玉ではなく、組織ぐるみで動く訓練された殺し屋の仕事だ。そして、そんなことをやってのける組織には心当たりがある。
 一番最初の足掛かりは、一九九八年の殺人事件。現場は洋上で、航路を大幅に逸れた船に海上保安庁が乗り込み、五人が撃たれているのを発見した。ひとりだけ微かに息があり、現場で息を引き取る前に、実行役はひとりだったと言った。携帯電話で日本語を話していたとも。そして、使われたのはルガーAC556だったが、これは船の武器庫に保管されていたものだった。つまり、男は丸腰で乗り込んで武器庫から銃を回収し、五人を殺したことになる。その立ち回りから、元自衛隊員ではないかという噂はずっとあった。
 出国側の港から粗い防犯カメラの映像が届いたのは、事件が起きてから三カ月後。出航前の船を見上げる若い男。片方の腕だけが真っ黒に見えて、そのときは袖を下ろしているようにしか見えなかった。国内で麻薬を買っている『顧客』の中に似たような見た目の男がいると知らされたのが、さらに三カ月後。年は変わって、一九九九年の五月になっていた。そして、片方の腕だけが写真で真っ黒に見えたのは、隙間なく刺青が入っているからだということが分かった。それが本名である可能性は低いが、顔見知りの間で『村岡』と呼ばれていることも。
 村岡の属する組織は、日本人を海外で訓練して殺しに特化された精密機械に鍛え上げた後、逆輸入して国内で使う。村岡はおそらく、訓練を終えて『帰ってこい』と言われたのだろう。言われた通り、適当な船に乗り込んで乗組員を全員殺し、帰ってきたのだ。
 以降も、麻薬取引の履歴から組織の全容を追って、村岡の『上司』にあたる岩村という男までは把握したが、仲介役となるべき麻薬密売組織が内部崩壊したことで、それ以降の足取りは追えなくなった。それが一九九九年で、六件の殺人事件はその後に起きている。
 岩村と村岡。鎌池にはその名前が出たらすぐに報告するように言ってあるし、商売道具を押さえておけば、どこかで遭遇するだろう。ただ、六件の殺人で使われたのは西側の銃だったから、こちらも商品を揃えておかなければならない。
「不向きということでしょうか」
 長い沈黙を破って溝口が言い、深川は前を見据えたまま首を横に振った。むしろ逆で、その執念をもってすれば、目的を果たすことはできるだろう。
 しかし、手段を選ばずゴールに辿り着いてしまう人間は、長く生きられない。
 
 
二〇二三年 八月 ― 現在 ―
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ