Firehawks
彩菜がうなずいたことを確認してから道路に目を戻したとき、三十メートルほど先の木に巻き付いたフォレスターが揺れて、運転手の男がフロントウィンドウを蹴破るのが見えた。鎌池は呼吸を整え、運転手の手が窓枠にかかり、続いて頭が覗いたところでコンバットコマンダーの引き金を引いた。目の前で鳴った銃声に彩菜が耳を塞ぎ、運転手が糸を切られたように宙づりになったことを確認した鎌池は、宮原の背中を軽くたたいた。二つの窓に向かって交互に撃ち続けながら、宮原は言った。
「助かった。お前は溝口の後を追え」
宮原が十三発を撃ち終える寸前、鎌池は溝口が入っていった森の中へ飛び込み、溝口が大外を回るのを見て、川を辿るように抉れた地形に身を隠しながら、ドライブインに続く小道へと進んだ。
村岡は伏せて隣の部屋まで移動し、銃撃が止んだのと同時に少し頭を上げた。スラッグと思しき弾が飛んできて、拳銃弾が部屋のあちこちに穴を空け始めた。十三発で止んだということは、弾倉を交換している。村岡は部屋の中央よりやや左に移動すると、完全に体を起こした。大きく開かれたオデッセイのドアの後ろには、誰もいない。インプレッサの車体にほとんど隠れているが、その右肩が微かに姿を現したとき、村岡は車体の後ろに隠れている宮原の体を透視するように二発を撃った。階段を飛び上がるように踏みつける音が聞こえて銃ごと振り返ったとき、モスバーグを構えた溝口が反対側の部屋から引き金を引き、村岡は咄嗟に撃ち返すのと同時に、散弾を右の鎖骨に受けて仰向けに倒れた。溝口は二発の5.45ミリを受けて壁に叩きつけられ、顔を上げたときに村岡の影が窓へ向かっていることを悟った。再び顔を出そうとしたところに村岡が五発を撃ち込み、砕けたコンクリートを顔に受けた溝口は顔を背け、銃口を出して一発を撃ち返した。シェルキャリアから三発のバックショットを掴んで装填すると、溝口は間合いを取って構え直した。相手の弾は、左肩と脇腹を抜けていった。体の中が真っ二つにずれたように感じる。
銃声の位置関係から、溝口が廊下を隔てた反対側の部屋にいることに気づいた鎌池は、発煙筒に点火して廊下に届くように窓から投げ込んだ。視界の隅に銃口が見えて、鎌池はコンバットコマンダーを構えようとしたが、村岡の撃った二発が右肩と左膝を貫いた。さらに追い打ちをかけようとして、村岡は窓の外に身を乗り出した。
宮原は、二発の5.45ミリの内一発が右胸に被弾したことに気づき、呼吸を意識的に止めた。どの道死ぬが、気管に血が入ればその死は数十秒早くなる。血が滝のようにシャツの間を流れていく中、窓から箒の柄のような銃口が飛び出したとき、ハイパワーをまっすぐ構えて二発を撃った。村岡の顔が弾けたように煙を上げたことを確認し、宮原はそのままうつ伏せに倒れ込んで死んだ。
9ミリを頬に受けた村岡は、よろめきながら部屋の中央へ戻った。バラバラに折れた奥歯を吐き出して銃口ごと振り返ったとき、廊下は煙で真っ白になっていて、その視界は数メートルもない状態まで狭まっていた。自分が不利な状況に追い込まれたことに村岡が気づいたとき、煙を割るようにオレンジ色の光が吹き出し、バックショットが右腕の肘から先を真っ二つに折った。村岡がAK74を床に落として後ずさったとき、溝口はモスバーグを構えたまままっすぐ間合いを詰めて、村岡の胸に向けて引き金を引いた。そのまま窓から落ちそうになった村岡の体を掴むと、溝口は体重をかけて部屋の中へ引き戻し、壁へ叩きつけた。村岡は制止するように手を顔の前に出して、壁に頭をくっつけながら座った。この女は、自分を殺す前に何かを言うはずだ。言いそうな言葉と、その相槌までが頭に浮かんだが、歯と舌は言うことを聞くとは思えず、村岡はその言葉を待つように、溝口の目を見返した。溝口は、村岡の頭にモスバーグの銃口を向けると、無言で引き金を引いた。
銃口から煙を上げるモスバーグを床に捨てると、溝口は浅く息をしながら、頭が完全に消し飛んだ村岡のポケットを探った。窓から顔を出して宮原が血の海に倒れているのを見ると、熱病に浮かされたような足取りで一階に下りて、鎌池が仰向けに倒れているところまでよろめきながら歩いていき、傍に屈みこんで言った。
「三課を呼ぶから、安心して」
鎌池が真っ青な顔を上げると、溝口は血まみれの手で携帯電話を操作し、コンクリートの破片で真っ白になった自分の耳に当てた。
「回収に来て。トンネル出口。車は、自走不能が二台。死体は……、五つ。私も入れて」
通話を終えると、溝口は鎌池に言った。
「一応、数には入れたけど。死なんといてよ」
「それは、荷が重すぎます」
鎌池は微かに笑いながら言うと、目を合わせることなく続けた。
「東山が死んだのは、事故なんですか?」
溝口は微笑むと、咳き込んで血を吐き出しながらうなずいた。
「私は、そんな暇じゃない」
鎌池は皮肉めいた言い回しに笑うと、ほとんど自由の利かなくなった体を捩って、隣に座る溝口の方を向いた。溝口は村岡が持っていた携帯電話をトロフィーのように掲げると、言った。
「尻尾を捕まえた。土産もついてる」
鎌池はほとんど飛びそうになっている意識の中で、笑った。深川が言っていたプロの殺し屋。そのひとりを殺して、連絡用の携帯電話を手に入れた。それだけでなく、彩菜の両親を殺した実行犯を殺した。全身が血を失って急速に冷え込んでいく中、その高揚感が頭を駆け巡った。自分たちは猟犬だ。引き金を引ける限りは、相手の喉に食らいつく。鎌池が口角を上げたとき、溝口はゆっくりと仰向けになり、鎌池の目を見ながら呟いた。
「ごめん」
鎌池の頭がその意味を解釈しようとして回転を始めたとき、体内の血をほとんど失っていた溝口は死んだ。鎌池は、その目から光が消えたのを見届けると、右手に接着されたように感じるコンバットコマンダーを振り払い、柔らかな土に頭を預けて目を閉じた。
二〇二三年 八月 ― 現在 ―
地面に圧迫されて、顔の形が変わったように感じる。川谷はコンクリートから体を引きはがすように手をつくと、膝を立てながら体全体を起こして、小石を払った。頭が割れるように痛いのは、後ろから殴られたからだ。目の前にレクサスIS250が停まっているし、財布もある。強盗ではないらしい。川谷はようやく立ち上がると、周囲を見回した。最後に見た景色と、さほど変わっていない。気を失っていたとしても、おそらく十分程度。頭が次第に状況を楽観視していき、川谷はそこで初めてレクサスの鍵を探り、それだけが存在しないことに気づいた。
鍵だけ盗む強盗? 川谷はそのバカバカしさに笑った。携帯電話のライトで周囲を照らすと、鮮やかな緑色をしたフェンスの忍び返しに引っ掛かっているのが見えた。取れる高さだが、金網をよじ登らなければならない。川谷は頭の痛みと相談しながら、金網に足をかけた。これをやった奴は、中々の愉快犯だ。靴先が金網を捉えて、少しずつ登っていったとき、川谷は体のバランスがやや右寄りに傾いているように感じて、右手を金網から離すと頭を押さえた。じんじんと痛むが、平衡感覚を失うような酷さじゃない。
「おーい、何してんのー?」