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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Firehawks

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 彩菜はそう言うと、携帯電話のフラップを開いた。その目は、両親を失ったという事実を一旦遮断して、小さな液晶の画面に入り込んでいた。鎌池は短く答えた。
『教える』
 そうやって、まるで知り合いを通じた新しい友達のように、鎌池は彩菜と連絡先を交換した。そのときは本気で、犯人を殺したときの報告用のつもりだった。一カ月近くが経ったころに突然電話がかかってきて、親戚の家に引っ越したことを聞いたとき、その口調から、どんな形にせよ彩菜が前に進もうとしていることを確信した。そして、そのときの会話で彩菜が『いつか、捕まえたとか殺したとか、鎌池さんが言うてくると思うと怖くなる』と言ったとき、溝口の前で言った『辞める』という言葉が現実味を増した。彩菜は、暴力の記憶から身を離すことを選んだ。
 しかし、それは猟犬である自分には許されないことだった。
 今思えば、その迷い自体を見抜かれていたのかもしれない。溝口は『預かっといて』と言い、深川の銃を託した。それは、その前に自分が『犯人を必ず殺してください。お任せします』と言い、深川の銃を返そうとしたからだった。擦り傷があちこちに入ったTRPを預かることで現場との糸をかろうじて繋ぎ、退職の決意はようやく固まった。その中でひとつだけ決めたのは、犯人が左腕に刺青の入った男だと、絶対に彩菜には言わないということだった。事前にその姿を見ていた彩菜にとっては、大きな傷になる。そして、それはおそらく正解だった。彩菜が求めていたのは『犯人を実際に殺してくれる人』ではなく、いつでも『犯人を殺したいという気持ちを投げつけても大丈夫な人』だった。転校し、彩菜は十八歳まで親戚の家で過ごすと、大学に進学するのと同時にひとり暮らしを始めた。
 コンビニの中でお菓子をカゴに放り込んでいく彩菜を見て、鎌池は笑った。
「お腹空いてんのか?」
「これは、お腹が空いてないときに食べるやつやで」
 傘を持ってレジに直行した鎌池は、彩菜からカゴを受け取って精算すると、外に出た。雨は全く止む気配がない。公安第三課のランサーセディアは、相変わらずロータリーでアイドリングしている。今まで尾行してきた『団体』は、他に二つあった。
 一台は警察車両のように見えるインテグラで、三年前に現れた。視界の隅にかろうじて映るぐらいの遠さで、かなり距離を保っていた。家の前でも見かけたから、こちらの生活パターンを調べているのだろうと理解した。その姿を見たのは三年前に二回、そして今年の中頃に一回。
 二年前に駅の前を素通りした白のインプレッサは民間人のようにも見える動きで、一見何も気にしていないように見えて、車を駐車場から出すときに反対側の交差点に停まっていた。ただ監視ではなく、動きを先回りしている。こちらはその一回だけで、それからは公安第三課のランサーセディアが現れるようになった。
 じっと空を見上げている鎌池に、彩菜は言った。
「雨、すごいね。しかし傘を広げる気配もなし」
「おーごめん、考え事してたわ」
 鎌池は傘を差すと、彩菜の側に半分差し出しながら駅を横断し、駐車場に停めたオデッセイの鍵を開けた。彩菜が助手席に乗り込み、傘を畳んだ鎌池は運転席に座ると、エンジンをかけた。
「二十歳かー、ほんまに頑張ったな」
「次は卒業せなあかん」
 彩菜が言い、鎌池は駐車場から車を出しながら笑った。
「するやろ」
「そんなん、分からんし。仕事とかも考えなあかんねんで。鎌池さん、警察になるってずっと決めてたん?」
 彩菜が言うと、鎌池は流れの速い国道に合流して、言った。
「いや、成り行きかな。体力があって、不良ではあったけどそれなりに頭が回った」
「めっちゃ褒めるなあ、自分のこと」
 彩菜が言ったとき、鎌池は相槌を返す代わりにスーパーマーケットの駐車場へ入り、反対側に通り抜けると路地へ入った。
「どうしたん?」
 彩菜が言うと、鎌池は作り笑いを浮かべた。
「近道」
 三台後ろに、二年前に見たインプレッサがいた。スペックCで、すさまじい馬力を発揮するタイプ。民間人らしい走り方を覚えた警察官か、もしくは本当に警察官ではない誰か。警戒しておくに越したことはない。鎌池は路地を抜けると、元の道に戻った。ここからは山道で、トンネルを越えた後は長い下り坂が続く。
 
 
 村岡は地図を広げながら、緊張した面持ちでハンドルを握る美原に言った。
「トンネルを抜けたら下りの二車線、勾配は四パーセント。三速でエンジンブレーキかけながらがいいわ」
 美原は、去年の初めに組織の一員になった。得意分野は運転で、車を武器として使うための訓練を受けている。標的のルートが分かり、計画は自ずと『車を使った殺し』に決まった。
「何回も言うてるけど、相手はプロやから逃げ方を知ってる。いくら平和ボケしてても、チャンスは一回や。二回目までの間に平和ボケは直ってる」
 村岡が言うと、美原は小さくうなずいてギアを二速に落とした。村岡は周りの景色を地図と照合しながら、なだらかなコーナーの外側に建つドライブインの廃墟に目を向けた。
「この辺で降りるわ」
 美原が路肩に寄せて、村岡は助手席から降りると後部座席からライフルケースを取り出した。枯れかけた草の色に合わせたジャケットにグレーのジーンズという地味な格好は、これからの役割にもよく合っている。ガードレールを跨いで、村岡は廃墟の裏口から中に入った。二階に通じる階段はコンクリート製で、雨で太陽が隠れていると光がほとんど遮断されて、真っ暗にすら見える。二階に上がった村岡は、下り坂をコーナーからまっすぐ見る形になる正面の窓まで行き、影の方向を注意深く観察した。美原が失敗したら、ここから標的を撃つ。それが自分の役割で、必要とされるのは正確な二発の射撃だけ。村岡はライフルケースを開けて、サプレッサーとダットサイトが取り付けられたAK74を取り出した。弾倉は三十連が二本。できるだけ室内から銃声が出て行かないように、部屋の中央から撃つ。
 村岡は天井を見上げると、雨水がどこからも漏っていないことを確認した。雨だと気配を消せる反面、銃身に水がかかったら湯気が上がって目立つ。しかし、これから美原がやろうとしていることを考えると、相手がスリップしやすい雨の方が好都合だ。
 次に、村岡は部屋と退路の数を確認した。道路に面している窓は隣の部屋にもひとつあって、部屋の間は廊下で分断されている。階段は建物の中を通るコンクリート製のものと、外側を通る非常階段がひとつ。下は柔らかい土だから、飛び降りることもできる。そして、建物の外に出てからは、森の中に伸びている小道がある。この廃墟が現役だった時代の入口で、藪が深い。ガードレール側から出なくても、この森に入り込めば簡単に逃げられる。
 AK74に弾倉を装着し、村岡はサイドマウントに取り付けられたエイムポイントM2のスイッチを入れた。この仕事をしている内に、何もない無地の心に自由自在に感情を乗せることができるようになった。しかし、依頼内容を見たとき、何年も感情を殺してきたせいで鈍り切っていた頭の中がショートしたように、光が灯った。
 村岡はダットサイトの光量を調節しながら、呟いた。
「ゴマシオ……」
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ