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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Firehawks

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 そして、その下には誰も知り得ない四つ目の電話番号が書かれている。組織の仕組みは単純だった。まずこの電話番号にかけると、留守番電話サービスに別の番号を案内される。公衆電話からその番号にかけると機械音声で特定の住所が読み上げられ、依頼内容と着手金をそこに置いて、代わりに用意された連絡用の携帯電話を持って帰る。以降は、それに入っている専用の通信アプリケーションで、依頼内容を含めたやり取りを行う。どんな人間が仕事を完了させるのかは、こちらには知らされない。仕事が完了したら連絡が入り、また指定された住所に残りの金を置く。次の依頼を望む場合は、その時点で新しい番号を貰う。
 深川と溝口が追いかけていた、幽霊のような組織。南野を射殺し、北井一家をナイフのひと刺しで殺した。プロの殺し屋だ。自分の目で確かめるまでは、組織ぐるみで統率された集団など、存在しないと思い込んでいた。ここに書かれた三つ目の番号を使って仕事を依頼し、その結果を得るまでは。
『完了連絡あり』
 田中は十五年前に書き足した自分の字を読んだ。その筆跡が荒れているのは、本当にそれが実現されたという驚きと、深川と溝口の追っていた組織が『本物』だったことを自分が証明したという、畏れに近い感情があったからだ。
 東山の死が新聞で報道されたとき、溝口が動き出したのだと確信した。深川を殺した自分に辿り着くつもりだと。溝口には、それをやるだけの執念があった。手持ちの装備が全く使えなくても、その手を使って爪を食い込ませてくるし、警察組織が役に立たなければ、外の世界にいる人間も遠慮なく使う。その可能性に思い当たったとき、鎌池の名前を久々に思い出し、初めて休日に監視した。いつも通りぼろきれのような服を着ていたが、鎌池はオデッセイで大学の近くまで行くと、そこで学生を拾った。
 そして、それが北井彩菜だと気づくまでに、時間はかからなかった。二人が長年に渡って接点を持ち続けてきたのなら、北井彩菜は当時の捜査情報を鎌池から聞き出している可能性が高い。そこまで考えたとき、やるべきことははっきりと絞られた。
 それは、鎌池と北井彩菜の両方を、この世から消し去ること。
 
 
二〇〇八年 十月
 
 去年、飲酒検問中の警察官が、暴走車に轢かれて死んだ。ちょうど一年が経ち、小さな記事が出ている。
 その見出しは『警察官の轢き逃げ。未だ、手掛かりなし』。
 鎌池は新聞をゴミ箱に捨てると、エナジードリンクを一気に飲み干した。少し歩いてロータリーのゴミ箱に空き瓶を捨てると、反対側でアイドリングを続けるランサーセディアに視線を向けた。警察を辞めたからといって、何の後腐れもなく民間人に戻れるわけがないということは、分かっていた。しかし、ここまで露骨に監視されると文句のひとつも言いたくなる。車の走らせ方や監視場所の選び方を見る限り、公安第三課の連中。一度、それとなく後をついてきているのを撒いて、敢えて元来た道を戻り、前からはっきりと顔を見てやった。大学生のような優しい顔つきで、細身だから服のシルエットで丸腰だということすら分かった。こちらとしては気づいていないふりをして、用事を思い出したように駅の反対側まで歩いただけに留めた。尾行が失敗となれば、相手も相当絞られるのは目に見えている。まだ新人だろうし、プライドが傷つくに違いない。
 ただ、新人の練習台にされて二年が経つが、一向にその監視の目は緩まなかった。鎌池は雨粒を落とし始めた曇り空を見上げて、新聞を捨てたことを後悔した。勢いはないが、手の平では傘代わりにならないぐらいの、大粒の雨だ。
 そもそも、三課に付きまとわれる筋合いはない。第一、政治活動とは無縁だ。目をつけられそうな過激思想を持つグループの一員だったためしもないし、もちろん自分で五六式を集めて武装蜂起を計画しているわけでもない。そこまで考えたとき、頭に浮かんだ例えが記憶を自動的に五年分巻き戻した。
 五六式を集めた武装蜂起計画。ゴマシオとして活動を始めたとき、ちょうど取引が進んでいた案件。数百発の実弾を用意していたのだから、深川が目をつけるのも当然だった。買った本人が車ごとダンプカーに押し潰されて、その存在自体を忘れていた。それが、警察を辞めて一年後に、『極左グループを摘発、武器を押収』という見出しが新聞に載った。新聞の書き方だと『突撃銃四挺と数百発の実弾』が押収された。テレビのコメンテーターはマシンガンと言っていたが、あれは五六式のことだ。
 そのときに活躍したのは銃器犯罪対策班ではなく公安第三課の面々で、それが溝口の外交活動だとすぐに理解した。溝口は機動銃殺隊の遺伝子を受け継いだまま、田中の椅子を奪い取った。あの表情ひとつ変えない物腰の柔らかさで、手土産をあちこちにばらまきながら、恩を着せていったのだろう。
 機動銃殺隊の遺産がそうやって活用されるのは、正直誇らしい。自分たちが非公式に活動した結果は、確実に身を結んでいた。終わり方の後味が最悪だった分、余計に救われた気持ちになる。北井一家が殺された日、怒りで何の制御も利かず、戻ってきた溝口に銃口を突き付けた。手に持っていたのは、深川が使っていたスプリングフィールドアーモリーTRP。深川は、溝口が最も尊敬していた上司だった。そして溝口は、その上司が使っていた拳銃の銃口を向けられても、瞬きひとつしなかった。あの時点で、溝口は深川の立場も背負う覚悟をしていたのだろう。
 あのTRPは、今も家にある。部品は全て分解されてオイル漬けにしてあり、時折新聞紙を開いては、バラバラになった部品を眺めている。
 退職の意向を伝えた日、溝口は『預かっといて』と言った。
『家に帰った瞬間に捕まえたりはしないから、安心して』
 こう付け加えるのが、溝口のやり方だ。その辞書に百パーセントは存在しないし、一度ついた火はずっと燻ぶり続ける。去年、飲酒検問で轢かれて死んだ警官の名前は、東山。暴走車はノーブレーキで突っ込み、逃げ切っている。溝口はおそらく、東山のことを殺したいと思っていただろう。それは自分も同じだ。だからこそ、あれが溝口の『制裁』である可能性は、完全には否定できない。
 答えが出ない問題を頭に浮かべながら、鎌池がコンビニで傘を買うか迷っていると、後ろから声がかかった。
「酸性雨、気にしてる感じ?」
 鎌池は振り返った。彩菜は厚手のジャケットをばたつかせながら、笑った。鎌池が着るカーキ色のフライトジャケットを見て、言った。
「なんでずっと同じ服なん?」
「おれって分かりやすいやろ。傘買うわ」
 鎌池はそう言うと、コンビニに向かって歩きながら腕時計を見下ろした。午後四時。この駅から彩菜がひとり暮らしをするアパートまでは、バスが出ている。しかし、週末だけこうやって待ち合わせし、家まで送る車の中で近況を聞くようにしていた。
 五年前、ベンチに腰かけたまま動けなくなった彩菜と、連絡先を交換した。自分の言葉は口調だけでなく、そのときに頭に上っていた血の温度まで思い出せる。
『おれが犯人を殺す。約束する』
『殺したら、教えてくれる?』
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ