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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Firehawks

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 川谷はレクサスを高架道路下のロータリーに停めて、大きく深呼吸をした。別に、鴨山の家族にナイフを突きつけて脅迫しようとか、そんな大それたことは考えていない。表札の字や番地を撮影したり、そういう所から始めればいいだろう。順番に行くなら、妻が住んでいる家が最初だ。次に息子のデミオを撮る。ひとつずつ出していけば、鴨山も動かざるを得なくなる。田中は元警官なだけあって、その言葉には説得力があった。
 鴨山は、すでに事情を知る誰かと接触している。
 いくら頭が良くても、結局はアホの中の天才。そんなことは初めから分かっていたはずだ。先手を打っているつもりでいられた間は、全く気にならなかった。しかし、田中の理詰めの言葉を聞いていると、自分の選択が全て間違っていたのではないかと、すぐに不安に駆られてしまう。日が暮れかけている住宅街の景色すら、不安を煽るように急かしてくるようだった。しかし、反射板が点々と光る住宅街を歩いていると、その理由は少しずつ形になって、頭の中に理屈を形成し始めた。
 普通の仕事を始め、法律の傘の下へ入れてもらってから、長く経ちすぎたのだ。税金が毎月控除され、年末調整があり、賞与と忘年会があって。その前にいた場所には、そんなものはなかった。人事異動の代わりに、目の前で二人が殺される。そんな環境にいたのだ。
 そして今、そこに逆戻りしようとしている。そこでは、力と悪知恵しか意味を持たない。
 全てのことを不安に感じるのは、言葉すら通じない可能性があるからだ。二十年前に、目の前で仲間を殺したメガネとポニテが『西側の銃を売る』と言い出したときも、そうだった。あの二人の十八番は『暴力』で、相手に有無を言わせない説得力があった。
 高架道路から十分ほど歩き、ようやく目的地にたどり着いた川谷は、『鴨山』と書かれた表札を撮影すると、防犯カメラの位置を確認しながら高架道路の下まで戻った。
 後は、このまま息子が乗っていたデミオを撮影しに行くかどうか。川谷はレクサスのドアロックを解除したとき、松葉杖をつくような足音を聞いた。それがまっすぐ近づいてきていることに気づいたとき、振り返ろうとするよりも前に後頭部を殴られ、レクサスに体をぶつけて地面に倒れ込んだ。
 
 
 川谷と接触して五時間が経過した。その間に、こんな僻地まで来ることになるとは思っていなかった。田中はシビックセダンの運転席で痺れる腰を伸ばしてから、外に出た。解決する道筋だけは、立てておかなければならない。
 自分に残された選択肢の中では、おそらくこれが最後で、事実関係を整理する限り使用する可能性は最も高い。川谷は、能力の限界に挑戦するつもりだろう。ありとあらゆる手を使って鴨山から情報を引き出し、荒っぽいことだってやってのけるかもしれない。だとしたら、情報を持って帰ってきた川谷を消す準備は、事前にしておかなければならない。田中は、廃工場に入ると、一階の分電盤の上に着手金を置いた。同じ場所に置いてある携帯電話を回収すると、シビックセダンに乗り込んで廃工場から離れ、バックミラーを見ることもなく自宅へと急いだ。
 運転に集中していると、記憶は自然と二十年前に遡った。
 ひとつ問題が解決したら、別の部分で新しい問題が発覚する。そのいたちごっこが火花を上げて全て崩壊したきっかけは、北井夫婦の殺人事件だった。田中はシビックセダンの運転席に乗り込むと、自分に残された選択肢を考えた。
 発砲事件で使われたコンバットコマンダーそのものや、実行犯のことが気になるわけではない。どういう経緯で手に入れて、その中に鴨山や川谷の名前が登場するか、それが知りたいだけだ。機動銃殺隊が二十年前に法律の裏側に残したものは、あまりにも大きい。
 退職してから一年半の間は、警察内部の事情がOB越しに届いた。溝口、宮原、鎌池の三人は四月以降も機動銃殺隊として活動を続け、田中のポジションはぽっかりと空いたままになっていた。四月半ばにとある町工場が火事で焼け、屋根の一部が焦げる程度のボヤで済んだが、そこに『警戒中』だった溝口と宮原が踏み込んで、七挺の実銃と弾薬を押収した。誰もが驚いたらしいが、鎌池が前の年から何をしていたか知っていれば、その火事が何を意味するかはすぐに分かっただろう。燃えたのは、川谷の『工作所』だ。そこに銃があるのは当たり前で、溝口は踏み込むだけの理由を簡単に作り上げた。その後、鎌池が辞職したことが伝わってきたが、情報がぱったりと止んだときに、溝口が自分の後釜に座ったということを理解した。同時に公安第三課とのパイプも途絶え、ちょうど同じころに極左グループが摘発されたから、溝口が捜査情報を手土産に距離を詰めたのだと確信した。その後も、機動銃殺隊の活動が生んだ粗削りな生の情報は、溝口の手で各部署に分配されたのだろう。その証拠に、警察との接点はゆっくりと途絶えていった。誰ひとり足取りが掴めなくなったし、諦めてすらいた。
 警備会社の出動履歴の中に珍しい名前があるのを見つけたのは、二〇〇五年のことだった。コンテナヤードの事務所でアラームが鳴り、出動要請がかかった。アラーム自体は誤作動で、野良犬がドアに体当たりしたことが原因だと、防犯カメラの映像で判明した。そのとき立ち会ったコンテナヤードの職員の名前は『鎌池』。
 鎌池は警察を辞めた後、港で働いていた。
 そこから細く繋がった糸を辿り、少なくとも鎌池がどういう生活を送っているか、監視できるようになった。そこには懐かしさも怒りもなく、淡々と働く鎌池の姿に安心しただけだった。日勤と夜勤を交代制でこなす人生に、やり残した何かを再び始める時間などないように見えたからだ。同じアパートに住んでいるということを定期的に確認する以上に、その私生活に踏み込むことはなかった。
 対して、東山に対してだけは、常に罪の意識があった。流用された警備費のほとんどが証拠として成立せず、今までの実績に免じた降格人事という甘い処分で済んだにせよ、東山は交通課に異動となり、検問で酒酔いのチェックをする『外回り』に戻った。そして、二〇〇七年の十月、飲酒検問を突破したサファリに轢かれて死んだ。そのサファリは対向車を避けて東山が立つ方へ戻って来ると、ブレーキを一切踏むことなく東山を数メートル跳ね飛ばして、走り去った。不幸な事故と言えばそれまで。問題は、そのサファリが今でも見つかっていないことだ。おそらく、すぐに解体されたのだろう。
 まるで最初から目的が決まっていたかのように。
 この手の仕事をずっとやってきたからこそ、職業病のように疑念がついて回った。それは、あの轢き逃げ自体が東山を狙った殺しではないかということ。そして、そんなことを考え付くような人間は、溝口以外に考えられなかった。
 田中は『2003』と書かれた手帳を棚から抜くと、ほとんど新品の中身をパラパラとめくり、四つの電話番号が書かれているページで止めた。内三つは、鎌池が『ゴマシオ』として大口の顧客とやり取りをしていたときに、その構成員が使っていた番号。捜査メモを回収した中に入っていたのは、今となっては幸運だった。
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ