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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Firehawks

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 川谷の冗談めかした言葉に、鴨山は笑った。しかし、当たらずとも遠からずだ。今、川谷と共有していない情報が、ひとつだけある。玄関ポストに写真が入っていて、それが確実に自分と川谷の組織を名指ししていたことだ。つまりこちらが忘れている何かを、向こうは覚えているのだ。しかし、それは最後の砦で、川谷には最後まで言わないつもりだった。
「わざわざこんな田舎まで来んやろ。お前確か、めっちゃ前に一回来てるよな?」
 鴨山の言葉に、川谷は遠慮なく笑った。釣られて鴨山が笑うと、川谷は咳ばらいをしてから言った。
「ですね。周り、微妙に遠いショッピングモールしかないですもんね。すみません、話を戻しますけど。仮にですよ、うちらがほんまに何も知らんって田中が知った場合、どうなりますかね? 田中からしたら、うちらが邪魔になるんちゃいますか?」
 そのときは、消されるだろう。頭の中に浮かんだ言葉を素早く変換して、鴨山は言った。
「近い内に、二人とも呼び出しを食らう日が来るかもな。今日はこの辺でいいか?」
 
 
 川谷は『はい』と短く答えてから、電話を切った。
「大体、分かってきたな。お前も鴨山も知らんってことか」
 レクサスの助手席で、田中は前を向いたまま言った。鴨山も横で本人が聞いているとは知らずに、ぺらぺらとよく喋った。川谷は鴨山が話していた内容を整理しながら、呟くような小声で言った。
「今の話、田中さんが北井の取引を押し込んだみたいなこと予想してましたけど。それは当たってるんですか?」
 あの取引自体が最初から警察の『案件』だったとしたら、逃げられなくて当然だ。川谷が納得しかけたとき、田中は首を横に振った。
「それは、さすがに警察の権限を超えとる。いくら荒っぽいにしても、限度はあるやろ」
 そう言いながら、田中は川谷の口から『ゴマシオ』という名前が飛び出さないか注意深く聞いていた。最初から警察の案件だったと知ったら、川谷はゴマシオだけでなく、その上司である『メガネとポニテ』自体が警察官だったということを悟るだろう。深川は、組織を乗っ取る際に川谷の目の前で二人を射殺している。それが広まったら、いくら二十年前のこととは言え大騒ぎになる。
「そうですか……、鴨山が言うと、もっともらしく聞こえたんですけど」
「鴨山の言うことを、いちいち真に受けんな。あいつは、アホの中では天才かもしれんけどな」
 田中が言うと、川谷はその罵倒の言葉が流れ弾で飛んできたように、身じろぎした。しばらく沈黙が流れた後、ふと気づいたように顔を上げた。
「ずっと引っ掛かってたんですけど。こないだ鴨山が言ってたんです。うちの家に誰か来たりせんか、気にしとけよって」
「お前の家にか?」
「はい。まあ、言われてみたら気になるなとは思いましたけど。銃のことより、犯人のことを気にしてるみたいな感じで」
 川谷が言うと、田中は背もたれに預けた背中がむず痒くなったように、体を起こした。その表情が険しく変わり、冷気のようなものを感じた川谷が体を少し遠ざけたとき、田中は言った。
「あいつの家には、来たんやな」
「銃撃犯がですか?」
「ピンポンしてきたわけちゃうにしても、接触はあったはずや」
 田中は、川谷の目を見て続けた。
「お前は信用しすぎや。鴨山を揺さぶるネタがあるんやったら、遠慮なく行け。振ったらまだ出てくるぞ」
 田中はそう言って、レクサスの助手席から降りた。
 車内にひとり残された川谷は、スピーカー設定で鴨山と話していたときに車内に広がっていた音の中で、スマートフォンの着信音が聞こえたことを思い出した。もうひとり、話を聞いていた可能性が高い。細部が気になりだすと、キリがない。銃撃犯の目的が強請りで、実際はその黒幕が鴨山という可能性もある。
 川谷はレクサスを発進させると、タイヤを鳴らしながら薄暗い立体駐車場から出た。使えるものは使え。田中はそう言った。実際、その通りだ。こっちにはまだ弾が残っている。
 鴨山の家族がどこに住んでいるかは、把握済みだ。


 白野が帰っていき、鴨山はひとりになった部屋で椅子に深くもたれかかった。音の聞こえた方で分かったことだが、川谷はスピーカーにして、誰かと聞いていた。おそらく田中だろう。電話の内容はいつも通りで、ただの半端者の大騒ぎだったが。
 何より驚いたのは、白野の芯の強さだった。危害を加えられてはたまらないと思って、逃げるように伝えたがそれは逆効果で、川谷との会話を一緒に聞いてから帰った。
「参った……」
 独り言が出て、鴨山はざらついた額の上に手を置いた。そんな気を遣われるような人間じゃない。体調はすこぶる悪いが、普段からその遠さに文句ばかり言っているショッピングモールにだって、ちゃんと調子を整えてから行けば息を切らせながらでも帰ってくることはできる。人に頼りすぎだ。鴨山は椅子にすら頼るのが嫌になり、完全に体を起こした。頭の中で眠っていた血が体に引いていき、今日聞いた言葉が自然に整理されて、記憶の中に次々と居場所を見つけていった。その中で川谷の言葉がひとつだけ浮いて、鴨山は唇を結んだ。
『微妙に遠いショッピングモール』
 あいつは、十五年前に一度来たきりだと言っていた。鴨山は無意識に立ち上がろうとして机に足をぶつけ、安楽椅子へ叩きつけられるように戻った。
 ショッピングモールが開店したのは、三週間前だ。川谷はここに来たことを隠している。鴨山は携帯電話を手繰り寄せると、震える手で千佳に電話をかけた。すぐに通話が始まり、鴨山は千佳の声を聞くなり全身の力が抜けたように足をだらりと垂らした。
「千佳」
「どうしたん? 電話は珍しい」
「家の周りで、怪しい人影とか見かけへんかったか?」
 鴨山が言うと、千佳は全ての記憶を呼び起こしているように静かになった。カーテンを閉める音が聞こえたとき、ようやく息を再開したように、千佳は言った。
「うち、向かいの松井さんがボケてるから、結構気にかけてるんよ。徘徊したら危ないから。長男もこないだ事故で足折ったし。それで、こないだ夜にカチンカチンって、松葉杖つくみたいな音聞こえたから、お父さん探してるんかと思って、私も外に出たんやけど」
 千佳が一気に言い終えたとき、鴨山は思わず喉を鳴らした。
「それで、誰もおらんかったんか?」
「うん、松井さんとこは家にみんなおった。それぐらいかな。うちの前を往復してるような感じしたから、長男やと思ったんやけど」
 鴨山は適当に相槌を打って会話を切り上げると、ジーンズに履き替えて薄い生地のシャツを羽織り、財布と携帯電話をポケットに突っ込んで家の鍵を持った。玄関ポストにあの写真を入れたのと同じ人間が、家族の家の周りをうろついている。くしゃくしゃに歪んだスニーカーに足を通し、鴨山はすでに息切れを起こしそうになりながら部屋から出た。エレベーターに乗って駐車場に出たとき、後ろから近付いてきた人影に羽交い絞めにされ、鴨山は引きずられるままに地面に倒された。
 
 
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ