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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Firehawks

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二〇二三年 八月 ― 現在 ―
 
 二十年前、駅で背の高い男に体当たりされたときの衝撃は、今でも苦い味のようなざらつきと一緒に、頭に呼び起こされる。あの日、自分の足元まで警察が来ているということをはっきり理解した。タクシーで工作所に戻って、資材の隙間にコンバットコマンダーを隠した。本体は服の袖で掴み、指紋は残さなかった。それだけだ。幸運だったのは、タクシーの運転手が徹底した警察嫌いで、逃げるなら協力すると言ってくれたことだった。
 自分が逃げる羽目になることが分かっていたように、それだけが上手くいった。
 何も家に取りに帰らなくてよかったし、ただ遠くに離れるだけの話だった。本来なら、川谷との接点も切るべきだった。しかし、警察の目はごまかせても、ゴマシオや『大口の顧客』は追ってくる。そう確信していたから、連絡できるように顔は繋いだままにした。逃げた自分よりも、警察に足首を縛られている川谷の方が先に見つかって被害に遭う可能性が高いし、連絡が間に合わないぐらいのスピードで殺された場合、行方不明となってニュースを見逃す可能性があるからだ。
 連絡が間に合わないスピード。自分が逃げた日は、まさに全てがそのペースで進行していた。ニュースで『夫婦殺害される』という映像を見たとき、公園の向かいに建つ一軒家が映ったのと同時に思わずテレビを消したのを覚えている。北井春樹の顔を忘れるわけがない。五六式の男が殺されたのと同じで、あの組織は雑音を一切許さない容赦の無さがあった。報道によると、犯人は家にしばらく潜伏していて、北井春樹と啓子をナイフのひと刺しで殺した後、電車で逃げた。そんなことをして捕まらずにいられる人間ということだ。背の高い男というところまで分かっているから、おそらくクラブで顔合わせをしたときに後ろにいた『村岡』だろう。
 警察に尻尾を掴まれた自分のところにも、いずれやって来る。そのときは直感に従ったが、振り返ると、人生が二十年進んだだけだった。一週間前にあの写真がポストに放り込まれるまでは。一日たりとも忘れなかったかと言えば、それも嘘になる。どこかで当時感じた『怖さ』は錆びついて、バーを切り盛りする中で上に新しく物が置かれて見えなくなってからは、体の一部になった。今、当時の勘を取り戻せと言われても、無理だろう。当時ですら、ついていけなかったのだ。気づいたら警察に囲まれかけていたし、フードを被った男に突き飛ばされて受け身も取れずにロッカーへ頭をぶつけたときの痛みだけは、全く錆びつくことなく記憶に刻まれている。
 自分が逃げてすぐに工作所で火事があったことは、知っている。電話で川谷から内容を聞いている内に足元がぐらぐらと揺れて、立っていられなくなった。身元保証なしで入れるアパートに入居して、二週間が経ったころだった。自分に繋がる痕跡は消したつもりだったが、銃は廃棄できなかった。押収品を起点に警察の捜査がどのように進むか、全く想像もつかなかった。
 銃は、整備中のものも含めると十一挺あった。そして、川谷は『七挺が押収された』と言っていた。つまり、四挺は焼失したか、所在不明のどちらか。しばらくして、七挺と弾薬を並べた写真がインターネット上に出回ったが、当然その中にコンバットコマンダーはなかった。今はまた町工場になっているが、例えば従業員が見つけたり、そういう流れを辿って誰かの手に渡ったのかもしれない。
 鴨山がそこまで考えたとき、テレビで不意にタレントが笑い、白野が釣られてくすりと笑った。
「あの人、最近よく出ますね」
 白野はそう言うと、インスリンの注射を終えた。鴨山は表情を緩めると、言った。
「顔、しかめ面なってたかな?」
「んー、まあまあ。酸っぱい物と苦い物食べた後に、間違えて唐辛子噛んだみたいな感じですね」
 白野が早口で言い、鴨山は笑った。
「相当やね。気をつけるわ」
「体調でなければいいんですけど……って、それもおかしいか」
 白野は注射器を廃棄ケースに入れると、自分の発言を戒めるように唇を結んだ。鴨山は首を横に振り、言った。
「いやいや、まあ昔のことでね。反省しかないのよ。白野さん、看護師になるのは大変やったやろ?」
「私、血が平気なんで。あっはっはーって言うてる内に看護師になってましたよ」
 白野が胸を張って言い、鴨山は自分が言いたいことを伝えきるために、軌道を元に戻した。
「勉強はせな、なられへんやろ。努力したわけや。おれは逆でな。まあまあ高いとこからスタートして、あとはずーっと落ちて、ここまで来たんや」
 鴨山はそう言うと、テレビの音量を下げた。もう、コンバットコマンダーのニュースはどこもやっていない。暴力団員の車に弾が何発撃ち込まれようが、そんなことをいちいち気にする人間はいない。
 自分も同類だ。鴨山が眉間にしわを寄せないように気をつけていると、白野は言った。「でも、若いころに家族を作りましたよね。そのときはよかったんですよね?」
「よかったね。おれが何かを作り出したとしたら、ほんまに家族だけやな。でもな、そう考えると……」
 鴨山は、北井春樹の顔を思い出した。行きつけの飲み屋で、偶然肩を並べた。こちらも見た目はくたくたにしおれたサラリーマンで、北井もどっちつかずだった。猫背で世間話をしている内に、映画や銃の話で意気投合した。家庭の話もするようになり、不良娘の『おかき』や、会話が進まない妻の話を時折聞いた。東側の銃でいいなら、マカロフを用意できる。そう耳打ちしてからはとんとん拍子で話が進み、実際に受け渡しも成立した。その直後に、メガネとポニテに組織ごと乗っ取られたわけだが。今思い返せば、ゴマシオは荒っぽいにせよ、悪い奴じゃなかった。
 意外だったのは、北井がすぐに二挺目の銃を欲しがったことだ。あれさえなければ。鴨山は小さく息をつくと、封筒を雑誌の下から抜いた。
「ちょっと話が変わるんやけど。こないだ、ポストに入った封筒」
 白野が注意を向けたとき、鴨山は写真を取り出した。警察に取り囲まれたBMW。
「事故車ですか。これだけ送られてきたんですか?」
「これ、おれの車やねん。近辺を妙な連中が車でうろついてるって噂は、ずっとあってな。その車とばったり出くわして、おれは思い切りバックで逃げたんよ。ほんならブロックに乗り上げてこれや。車も捨てて逃げた」
 白野は目を丸くして、斜めに傾いたBMWの写真を見つめた。
「そんなに危険な相手やったんですか」
 もう、辻褄は合わなくなっている。鴨山は一度深呼吸すると、うなずいた。商社勤めのサラリーマンは、こんなことはしない。
「白野さん。おれが取引してた商品ってのは、武器やねん」
 鴨山はそう言って、反応を待った。白野が体を引くこともなく耳を傾けていることに気づき、続けた。
「ある意味、商社や。でも、白野さんが想像しとるようなやつとは違う。元々は、海外とパイプのある外国人経由で銃を仕入れて、国内のコレクター向けに捌いてた。犯罪者やねん」
「なんとなく、正業ではないんかなって思ってましたよ」
 白野が目を伏せながら言い、鴨山は、時計の針が二人の間でようやくぴったりと合ったように、何度もうなずいた。
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ