小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Firehawks

INDEX|27ページ/38ページ|

次のページ前のページ
 

 この車は囮だ。溝口は気づいて、辺りを見回した。このチェーン脱着所を選んだのは自分だから、待ち伏せをされているリスクはない。だとしたら、この車に細工があるはずだ。溝口は斜めに浮いたアリストの底を覗き込み、ガソリンタンクの真横に取り付けられている黒い箱に気づいた。発信機がついている。これを壊した場合、相手はさらに急ぐだろう。溝口は体を起こすと、M870のスリングを肩にかけ、運転席のドアロックを内側から解除してドア全体を力いっぱい引いた。佐藤の体が引っ張られて髪が揺れたとき、その目が突然開いた。左手に握られたアイスピックが突き出されて右目の真横を空振りし、溝口は佐藤の手を掴んで脇に挟みこむと、側頭部に肘をめり込ませた。アイスピックが手から離れて地面に落ち、溝口は腕を離して間合いを取りながら、言った。
「降りて」
 佐藤は肘を受けた衝撃で目を何度も瞬きさせると、首を横に振った。
「無理、パイプが刺さってるから」
 溝口はドアをもう一度引き、完全に開いた。内装に浅く刺さっていたパイプが抜けたとき、それとは別のパイプが引きずられて、佐藤は歯を食いしばって顔を歪めた。溝口は、車内に貫通した一本が佐藤の脇腹に刺さっていることに気づき、それがさらに深く突き刺さる方向に体を蹴った。佐藤は顔を苦痛に歪めたまま息を止めたが、それでも悲鳴を上げることはなかった。溝口はアイスピックを拾い上げると、その顔を見下ろしたまま言った。
「口答えしたら、もっと難しくなるけど」
 佐藤は、これ以上抵抗する意味がないと悟り、ドアハンドルを掴んだ。額に汗を滲ませながら歯を食いしばり、脇腹に刺さっていたパイプが体から抜けるのと同時に悲鳴を上げ、アリストの運転席から転がり出た。激痛に意識が飛びそうになりながら、佐藤がかろうじて片方の膝をついて体を起こしたとき、溝口はクラウンの運転席に戻ってアクセルを踏み込み、佐藤の体をピン留めするようにフロントタイヤの表面で押さえ込んだ。首と胸の間をタイヤで押さえられて身動きが取れなくなり、佐藤は運転席から降りてきた溝口の位置を確認するために首を回そうとしたが、そうするよりも先に目の前に来た溝口が、屈みこんで言った。
「ちょっと話せる?」
 佐藤は顔を振って、血で濡れた髪を払いのけた。
「警察は、こんな風には追いかけんよね」
 溝口は口角を上げた。そんな風に思ってもらえるのは、実に光栄なことだ。
「私は、通称ポニテ。ゴマシオの上司。村岡はどこ?」
 佐藤は自分を嘲笑するように、血まみれの舌を出した。
「わたしは囮」
 溝口は眉をひょいと上げると、うなずいた。私のことをポニテだと思っているなら、まだチャンスはある。
「私は、客に手を出す人間は許さない。仲間に伝えて、うちはもう取引しない」
 溝口は呟くように言うと、立ち上がった。佐藤がそれを『殺さない』という意思表示だと理解したとき、溝口は佐藤の脇腹に黒く空いた傷口を見下ろした。
「でも、伝言ゲームは当てにならんか。言葉はやめとこ」
 ランニングシューズを履いた足を振り上げると、溝口は靴底を佐藤の脇腹に叩きつけた。傷口が広がり、中で真っ二つに割れた肋骨の一部が白く光った。佐藤が痛みで気を失いかけて朦朧とする中、溝口は傷口から見えている肋骨の一部を素手で折ると、そのまま体の外へ引き抜いた。
 
 一時間に渡る監視班の説教から解放された宮原は、溝口が倉庫に戻って来るのを待っていたが、バイクの排気音が聞こえてきて、椅子から立ち上がった。先に、鎌池が戻ってきた。黒のCBR600が倉庫の前で停まり、スタンドが立てられるいつもの音まで同じだったが、倉庫の中に入ってきた鎌池は、中身だけ別人に入れ替わったように険しい表情で宮原の前を通り過ぎると、深川が遺した備品の段ボール箱を探った。
「大丈夫か?」
 宮原が訊くと、鎌池は首を横に振った。その率直な反応に、まだ対話の余地があると確信した宮原は、前に回りこんだ。鎌池は顔を上げると、いつもの柔らかな顔つきを少しだけ取り戻し、言った。
「北井春樹と北井啓子が殺された。実行犯は村岡か佐藤」
 職業柄、宮原は顔色ひとつ変えなかった。しかし、数が合わないことに気づいて、言った。
「北井彩菜は?」
「無事や、保護してる」
 宮原は心の底から安堵したように、机に手をついた。鎌池はその様子を見ながら、確信した。溝口が北井家を見殺しにしたのは、娘が外に出ているという保証があったからだろう。しかし、このあと彩菜がどうなると思っていたのだろうか。今日の出来事が、彩菜の頭の中にどう刻まれたか。少なくとも自分はこの目で見た。
「鴨山は逃げた。この後はどうなる?」
 宮原はホルスターに収まったブローニングハイパワーに手を置いたまま、言った。鎌池は答えを出す立場にないように坊主頭を撫でつけたが、段ボール箱から目当てのものを探し当てて、ようやく顔を上げた。
「おそらく溝口は、田中を叩き潰す。東山も無傷では済まんやろな。もっと早くにそうするべきやったとは思う」
「田中が引き下がると思うか?」
 宮原が言うと、鎌池はうなずいた。
「そうでもせんと、あいつも足元を掬われるからな。もう連絡がいってるやろから、色々動いてるはずや。東山は入院してるから、情報が遅れる。その間に田中がやることは、ひとつしかないやろ」
 宮原はブローニングハイパワーからようやく手を離し、納得したようにうなずいた。自分の脱出ルートだけを確保して、捜査が失敗したことの責任を取って警察を去る。私的流用の件で追求されるのは、東山の方だ。
「その後は?」
「知らん、溝口が思うように回すんちゃうか」
 鎌池が言ったとき、フロントバンパーの左側に大きな傷が残るクラウンアスリートVが倉庫の前で停まった。宮原が無意識に目礼し、運転席から降りてきた溝口のジャージを見るなり、目を見開いた。白色の上着の右腕だけが、乾いた血で真っ黒に変色している。
 ポケットに両手を突っ込んだまま歩いてきた溝口は、言った。
「アリストは囮やったわ」
 鎌池は段ボール箱を振り返った。宮原は、鎌池が何を探していたか悟り、思わず言った。
「やめろ」
 段ボール箱の中から深川の使っていたTRPを取り出した鎌池は、薬室に弾を装填して銃口を溝口に向けた。
「見殺しにしましたね」
 溝口は瞬きひとつせず、TRPの銃口を見返した。鎌池ではなく、その銃身の奥に居座る45口径に向かって話すように、淡々とした口調で言った。
「構えたら、すぐに撃ちなさい」
 鎌池が引き金に指をかけたとき、溝口は自分が死に近づいていることなど構わないように、一歩間合いを詰めた。
「構えたまま立ってたら、それは撃てないって証明してるんと同じ」
 鎌池は、銃口の目の前に立つ溝口に言った。
「目的を教えてください。自分の考えと少しでも違ったら、引き金を引きます」
 宮原がブローニングハイパワーのグリップを掴んだが、溝口は横目で制して、鎌池に言った。
「田中を引きずり下ろす」
 揺るぎのない口調に鎌池が瞬きをしたとき、溝口はそれが合図になったように続けた。
「その後は?」
 鎌池はTRPの銃口を下ろすと、言った。
「関係ありません。自分は警察を辞めます」
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ