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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Firehawks

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 溝口が写真を見下ろしながら言った。宮原は精密機械のように地図を見ていたが、同じ疑問を抱えていたように視線を上げた。深川は首を横に振った。
「ひとりずつ、分業で同時に行こう」
 南野が死んだ次の日、深川は外事課まで出向き、デスクに鞄を置いたばかりの東山を殴った。結果的に死人を出しただけではなく、関係者全員の命を危険に晒すことになった。田中班長に引き離されなければ、さらに数発を食らわせる予定だった。駐車場まで田中に連れ出され、それでも聞かれたことは一カ月前と全く同じだった。
『北井に渡す銃は、どうなった?』
 結局、田中は自分の立場しか頭にない。溝口の言っていた『人のケツが燃えるのを、私たちが消す』という状況に、限りなく近くなっている。もちろん、田中のことを『人のケツ』とは思わない。しかし、鎌池を消火ブランケット代わりにするつもりなら、話は別だ。
「分担を決めよか」
 深川が言い、地図に落とした赤い点を基にして、作戦の説明を始めた。
 
 
 夜七時、鎌池は仕上がったコンバットコマンダーを見下ろしながら、言った。
「納品は、いつにすんねん?」
「一週間以内ってとこですね」
 川谷はカレンダーを見ながら言った。去年からめくるのを忘れているから、意味はない。鎌池はリンに言った。
「ほんまに辞めたいんか?」
 言い出しっぺはヨウだった。国に帰りたがっている。リンはそれまで自分の意見すら持っていない様子だったが、魂が抜けたように『もう充分稼いだ』とか、根性のかけらもないことを言い出している。自分たちが用意した銃が犯罪で使われたと、ニュースから察したのだろう。気づいていない間抜けは、鴨山と川谷だけだ。鎌池は、南野が行方不明になったニュースを記憶に刻み込んでいた。実行役は佐藤で、ローレルはあのダンプカーと同じで、盗難届すら出ていない車。ナンバーは偽造されたもの。使われた拳銃は、あのグロック19。深川の話を聞く限り、南野は東山の指示で北井と接触していた。その後ろには田中がいて、次の取引で鴨山と北井の両方を押さえるつもりだ。深川が最後に言った言葉は、今でも飲み込めない。
『お前は足を抜け』
 ここまで来て振り出しに戻れば、同じチームで再度やり直すのは不可能だ。新たな川谷を見つけることは、簡単ではない。それは、明らかに怖がっているリンとヨウも同じだ。今のところ、全てが奇跡的に作用している。例の組織にしても、佐藤が発注の窓口になっているのは、まだ新入りで尻尾切りしやすいからだろう。相手もかなり慎重にはなっているが、それでも連絡を保つということは、他に頼れる『業者』がいないということでもある。
 テレビを見ていたリンがふと顔を上げて、言った。
「ゴマシオ。ボスとは、どうなの?」
「メガネとポニテか? 二人とも上手くいって喜んでるよ」
 鎌池が答えると、リンはそのひと言で死刑宣告から逃れたように、小さく息をついた。ヨウは後から入ってきたから、メガネとポニテがどうやってこの組織に入り込んだかは見ていないが、リンから意訳されて色々と聞かされているに違いない。どちらかというと、ヨウの方が顔色をなくしているようにも見える。逃げても地獄だと理解しているのだろう。
「そっちは安心しろ、急に辞めるとか言い出したら、それは知らんけどな」
 鎌池が言うと、リンとヨウは顔を見合わせて神経質に笑い、川谷が嫌な記憶を呼び起こしたように顔をしかめた。ノートパソコンの画面を見つめていた川谷は、鴨山からのメールに気づいて、電話をかけた。しばらく内容を聞き取っていた川谷は、その表情を少しずつ険しく変えていったが、強く瞬きして真顔に戻ると、電話を切った。
「鴨山からや。今晩、ポニテが会いたがってるらしい。新しい顧客の紹介やと」
 リンが露骨に顔をしかめると、言った。
「急すぎない? 誰が行くの」
「おれと鴨山。一緒に来るか?」
 川谷が言うと、リンは首を強く横に振った。ヨウも額に薄っすら汗を浮かべていて、それはストーブの熱気が直に当たっているからというだけではなさそうだ。ヨウは鎌池の方を向いて、言った。
「ゴマシオ、あんたは?」
「名前が出てないなら、おれは行かん」
 鎌池はそう言って、宙を見上げた。ここ数ヶ月、鴨山の名前が売れるように溝口が新しい顧客との顔繋ぎをしたことは、何度もある。しかし、溝口が数時間後をターゲットにして人を動かすのは、相手に考えたり準備する時間を与えたくないときだ。
「じゃ、おれは帰るよ」
 リンが言い、鎌池がうなずくと、ヨウもそれで許可が下りたように上着を掴んだ。
「明日も来いよ」
 鎌池が言うと、リンとヨウはやや本音の混ざった愛想笑いで応じた。
「あんたはいい奴だよ。もう、怖くなくなった。メガネとポニテは怖い。それだけよ」
 ヨウが言い、川谷がそれ以上の真理はないというように、鼻で笑った。鎌池は送り出すと、川谷に言った。
「新しい顧客ってのは?」
「いや、マジで知らんよ」
 川谷はそう言うと、三十分ほど時間を潰して、スカイラインの鍵を掴むと上着を羽織った。
「ほな、ちょっと死にに行ってきますわ」
 鎌池はその冗談に笑顔で応じた。外でスカイラインのエンジン音が響いて消えていった後は、工作所の中は一気に静かになった。不思議なことだが、ずっと同じ場所で同じ土俵に立っていると、生きているより死んでいる方がややマシだと思っていた人間が、本当のところはそうでもないんじゃないかと、思えてくるときがある。鎌池は携帯電話を引き寄せると、鴨山にメールを送った。酒の相手なら、川谷より鴨山の方が面白い。
『用事が終わったら、ウィスキーでもいくか?』
 
 溝口はモスバーグM500をカルディナGT―Tの荷室に入れて、安全装置がかかっていることを確認してからリアハッチを閉めた。ダッシュボードの中にはコルトディフェンダーが入っていて、すぐ手に取れる方向にグリップを向けてある。鎌池以外が工作所の外にいることは、さっき電話でやり取りをしたときに本人から聞いた。
『同じ場所でずっと仕事してると、情が移りますね』
 二カ月も経てば、どういう事情で法を破って今に至るのか、聞き出したり相手から聞かされたりするチャンスも出てくるだろう。卒業文集の将来の夢に『犯罪者』と書く人間なんかいないのだから、犯罪者になるまでの過程に何らかの事情はある。だから、鎌池が甘すぎるとは思わない。むしろそれぐらいの甘さがないと、警察官だと見抜かれてしまう。溝口は腕時計で時間を確認しながら、静かにアイドリングを続けるカルディナの運転席で時間が過ぎるのを待った。疲れているはずなのに、脳だけが退屈しのぎのように色々な映像を再生して、眠ることを許してくれない。その中で何度も再生されているのは、南野が撃たれる瞬間。そして、それを止めることを阻止されたときに感じた、手先が痺れて麻痺したような感覚。今になって分かるが、あのとき頭の中にあったのは、手を伝って外に出ることすら許されない怒りだった。
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ