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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Firehawks

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 その先は当然のように濁され、鴨山は時計を見上げた。あと十五分で、千佳と健司が家にやってくるのだ。先週は再会したばかりで、白野も同席していたから顔合わせのような雰囲気で終わってしまった。次はないだろうと思っていたら、健司が『ちょくちょく来るよ』と言い、それは一週間で実現した。本当はこんな汚い部屋に呼ぶのではなく、こちらから出向きたいが、体調のことを考えると危険しかない。
「で、どないしたいねん?」
 鴨山が尋ねると、川谷は会話の続きを待ち構えていたように早口で言った。
「おれは何もしたくないんですよ。最後に誰の手にあったか、それが知りたいだけです」
「少なくとも北井には納品してないし、工作所に置いたんは覚えてるけど」
 鴨山はそう言うと、テレビを見つめた。続報などあるわけもなく、次のニュースで埋め尽くされている。暴力団員同士の揉め事なんて、死人でも出ない限り連日報道されることはない。
「あの拳銃から足がつくって思ってるか? 何を掴まれるにしても、全部二十年前の出来事やぞ」
「可能性はあるでしょう」
 昔から続けてきた、うんざりするようなやり取り。心配ばかりして、堂々巡りの話し合いを延々とやる。疲れたら結論など出ていないのに、問題は明日へ先送り。鴨山は眉間を押さえながら、言った。
「お前が知りたいのは、あれを使ったんが誰かってことやな? どんなルートで渡ったか。そういうことやろ? 残念やけど、おれは知らん」
「おれも田中との間に挟まれてるんです。手ぶらでは困るんですよ」
 川谷は食い下がった。鴨山は相槌の代わりに長い溜息をついた。
「お前、家族と住んでるんやろ? 家に来られたらおれよりリスクあるんやから、自分の心配だけしとけ。切るぞ」
 言い終えると、鴨山は返事を待たずに電話を切った。自宅の玄関ポストに写真が届いたことは、結局最後まで言わなかった。今の時点では、情報共有するリスクの方が高い。川谷は、鴨山の自宅を知っている人間を絞り込もうとするだろうし、それを真っ先に知るのは、この家に住んでいる自分でありたい。
 こういうとき白野がいれば、『ご機嫌斜め―』とか色々とコメントをくれて、場を和ませてくれる。インスリンの注射や見回りだけでなく、自分のどうしようもない姿を見せられる相手は、白野しかいない。そう思ったとき、携帯電話が震えて画面に『白野』と表示された。メールの本文はいつも短く、単刀直入だ。
『今日はご家族が来る日ですか? 楽しんでくださいね』
『そろそろ来るかなってとこ。気にかけてくれてありがとう』
 鴨山は返信を送ると、川谷との会話で強張っていた体を大きく伸ばした。家族の前では、情けない姿にできるだけ蓋をしたい。
 
 
「オヤジさ、めっちゃ間隔空いてるのに、なんか似てるんおもろいよな」
「親子やから。鴨山DNAは濃いで」
 来客用駐車場に停められた車から降りてきた二人が話すのを聞いて、川谷は鴨山との会話を思い出していた。なるほど、家族ね。突然こっちの心配をするから何かと思ったが、今は自分にも訪れてくる家族がいるということか。デミオのナンバーを携帯電話のメモに控えると、川谷はアパートを見上げた。本当に知らないのだろうか。例えば、知らないにしても当時の記憶を一緒に辿るとか、そうやって協力している内に何かを思い出したりする可能性はあるだろう。それすら頭ごなしに否定して、家族との再会を優先されるとは。もちろん、こっちだって失うものはある。しかし、それは足を洗ってから手に入れたものであって、一旦全てを捨てた鴨山とは重みが違うと思いたい。
「勝手なおっさんやな……」
 川谷はマンションの敷地から出て、コインパーキングに停めたレクサスに戻った。腹が減っているが、真新しいショッピングモールは少し遠くて、今ここを立ち去る気にはなれない。運転席でエアコンの風を浴びていると、外で太陽に照らされているときと気分が変わって、頭の中は二十年前に逆戻りした。
 コンバットコマンダーが完成したのは、二〇〇三年の一月半ば。この目で完成品を確認した。ブルーイングが綺麗に施され、部品同士の噛み合わせもよくできていた。確かニュースで、警察官が行方不明になったという報道が流れていた辺りだ。ゴマシオに『あのグロックが使われてたりしてな』と言うと、『そんな物騒な話があるか』と笑っていたが、今思い返せば、あのニュースが流れ出してから少しずつ歯車が狂った気がする。
 リンとヨウは、国に帰りたがっていた。二人ともコンバットコマンダーの仕事を最後にしたいと言っていたのは、武器商人としてはやっていけない自覚があったからだろう。
 一時間ほどレクサスの運転席で待っていると、鴨山の家族がデミオに戻って来るのが見えて、川谷は慌てて駐車料金を精算し、レクサスを車庫から出して路肩に寄せた。デミオが真横を追い越していき、川谷はシフトレバーをドライブに入れると、アクセルを踏み込んだ。鴨山を脅すつもりは、全くない。ただ、家族がどこに住んでいるのか知っておくのも、悪くはないだろう。鴨山の情報は、田中の気を済ませるために使うこともできる。ただ、それは最後の手段だ。田中は何をしでかすか分からない。元警察官でいながら、あの男は簡単に人を殺すか、その指示を誰かに出す気がする。
 川谷はデミオの後を追いながら、思い出していた。崩壊は、あっという間だった。それに、コンバットコマンダーを持ち去ったのが自分ではないというのは、もちろん分かりきっている。だから消去法だと、鴨山がその行方を知っている可能性に縋るしかない。
 それに、鴨山が今更しらを切りとおす理由もよく分からない。誰かに売ったのなら、そう言えばいい。それどころか、こちらの家に誰か来ないか、そういう心配すらしているらしい。変なことを気にするものだ。鴨山は銃ではなく、その銃を使った人間のことを恐れているように感じる。
 デミオはまずタワーマンションのロータリーで停まり、そこで母親と思しき女が降りた。次にアパートへ向かい、下りてきた妻と思しき女を乗せて、町へ走り去っていった。ここへ来れば、いつでも鴨山の家族に会えるというわけだ。川谷はレクサスのナビに住所を登録すると、車体を転回させて家の方向へ走らせた。一日だけの出張なんて嘘をつくのは、金輪際やりたくない。
 結局やっていることは、田中の小間使い。それも自分から名乗り出て、十五年前にアパートから出てくる鴨山を撮影したときのように、こそこそと人の身辺を嗅ぎまわっている。他にも聞ける相手がいれば、どれだけいいか。川谷は、自分と鴨山以外に残された関係者がいないことを改めて実感した。


二〇〇三年 二月
 
 深川は、まだ痺れたように痛む右手を見下ろしながら、言った。
「一日で終わらせる」
 昨日の夜、家族からの捜索願がきっかけとなって、ついに南野がニュースに載った。本丸の組織は静かで、鎌池は工作所に『出勤』しているし、リンとヨウも一緒にいる。このまま進む可能性もあるが、鎌池を安全な場所に逃がさなければならない。
「チームで回りますか?」 
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ