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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Firehawks

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 南野は深川の忠告を頭の中に全てメモしたように、頭を下げた。会議が終わり、足音が廊下にばらばらと響き始めた。南野が出て行き、深川は割れた鏡の破片をゴミ箱へ捨てると、トイレから出た。消火器の上に掛けた上着が見当たらず辺りを見回すと、二つ折りにして胸の前に持っている溝口が言った。
「大変ですね」
「何がや、いこか」
 地下からスモーク張りの捜査車両で移動する中、深川は光をほとんど通さない車内で溝口に言った。
「南野のことで、話がある」
 運転手がいるから、突っ込んだ話はできない。それでも溝口にはある程度の内容が伝わったらしく、手の平を一度開くと、強く握りしめた。立体駐車場でスプリンターに乗り換え、宮原が待つ倉庫に戻ったところで深川は聞いたばかりの内容をひと通り伝えた。溝口は顔色一つ変えなかったが、作業机に置かれたモスバーグM500に顔を向けた。宮原は整備していたブローニングハイパワーを組み立て始め、溝口と目を合わせた。深川はスプリングフィールドアーモリーTRPを片手に持ったまま、弾倉を二本掴んで上着のポケットに入れた。
 鎌池から着信が入り、深川はスライドを開放したまま空いている方の手で通話を始めた。
「今晩、納品します。押さえますか?」
「誰が来る?」
「新人を寄越すって言ってたので、おそらく佐藤が来ます」
 新人だけを捕まえても、内部事情を掴めるとは思えない。鎌池の話だと、佐藤は十二月に海を渡ってきたらしい。今は一月の終わりだから、まだ二カ月しか稼働していない。
「そのまま渡せ」
 電話を切り、深川は溝口に言った。
「南野を尾行しろ」
 溝口は尾行の相手が身内であることに驚き、目を大きく開いた。深川はアコードに目を向けながら続けた。
「北井と接触しそうなら、おれに教えてくれ」
 溝口がアコードで出て行き、深川は宮原に言った。
「銃の撃ち方は覚えてるな?」
 宮原は元通りになったブローニングハイパワーを構えると、胸元に引き寄せてうなずいた。
「はい、いつでも撃てます」
 
 
 夜七時、カラオケボックスはいつも楽しくないけど、今日は最悪。騒音が一方的に鼓膜を破壊してくるだけで樟葉とも話せないし、高校生のはずの小松と三吉は、同じクラスで一番大柄な男子よりも少し背が低くて、目つきだけが悪い。店員に対する態度も悪くて、『騒音』の途中でドアを開けられたときは意味もなく怒っていた。彩菜は薄暗い部屋の隅に陣取り、タンバリンを右手に持つ樟葉を見つめた。こんな二人とつるんで何が楽しいんだろう。
 去年の中頃、もうすぐ冬休みに入る辺りで、北井家は確実にバランスを崩した。書斎から出てきた拳銃は本物で、それまで隠し事なんかなかった北井家に初めて共通の『秘密』が生まれた。結果的に啓子との会話のハードルは下がったけど、春樹の頭の中は全く分からなくなったし、本人が家族との会話を完全にシャットアウトしてしまった。顔色がいつも青くて病気なのかと思ったけど、会社には毎日出勤しているらしい。声を張りすぎた小松が曲を中断して終わらせると、静かになった空間が一秒も耐えられないように、彩菜の方を向いて言った。
「下がってんの? 悩みごと?」
 彩菜は首を横に振った。聞いてくれたとしても、話せない内容だ。ここに来るまで、前を歩いていた二人は内緒話とは思えない音量で耳打ちし合っていて、どうもそれはわたしのことらしかった。小松は樟葉と進展中、三吉はわたし狙いということで、どうやら合意が取れたらしい。
 そろそろ終了の電話が鳴るはずだし、今にも鳴ってほしい。何より、三吉の目がうるさい。連絡先を交換した上に、二曲歌わされた。
「次、歌わん?」
 三吉が言い、彩菜は首を傾げながら内線電話機を見上げた。
「もう、時間来るかも」
「もう一曲いけるやろ、誰か行ける人」
 三吉はマイクを死刑宣告の棒みたいに振った。樟葉が手を挙げて、最後の一曲を入れた。まだ押し付けてこないだけ、マシか。彩菜は樟葉が歌い出すのを眺めながら、小さく息をついた。樟葉に用事があるのを分かっていながら、外にひとりでいるわけにもいかなくて、結局ついてきてしまった。だから迷惑をかけているのはこっちだけど、一緒にいたいのに何もしたくないという、深いポケットの奥みたいなところへ入り込んでしまった。
 一曲がちょうど終わったところで内線電話が鳴り、樟葉はマイクを持ったまま気を遣うように視線を寄越した。彩菜は言った。
「わたしは気にせんで。延長する?」
 小松が手を挙げ、その意味は分からなかったけど、恐らく延長したいのだろう。三吉は呆れたように笑いながら、樟葉の方を向いた。樟葉は最後に彩菜の方を見ると、言った。
「また来ましょうねー」
 内線電話に向けて終了を伝えると、樟葉は受話器を置いて席に座った。
「彩菜、大丈夫?」
 彩菜はうなずいた。樟葉の少し枯れた声が、自分が歌わせて怪我をさせたみたいで申し訳なく感じる。
「うん、大丈夫」
 外に出ると、商店街の空気なのに澄んでいるように感じた。四人でいる意味がないぐらいに、ばらばらのことを考えている集団。樟葉は小松と二人きりになりたいだろうし、三吉はもう少しこの会が続けばいいと思っているのかもしれない。わたしは帰りたい。彩菜はその言葉をカラオケボックスの中でずっと繰り返していたが、いざ外に出てみると、ずっと縋っていたはずの言葉の中身は、空っぽだった。帰るって、一体どこに? 何の解決もしないまま、口だけが勝手に動いた。
「樟葉、わたし帰るわ」
「えー、真面目かあ」
 樟葉が言い、小松が腹話術の人形みたいに笑った。彩菜は愛想笑いを返した。その子、まだ十四だけど『くずかご』ってあだ名がつくぐらいに活発だよ、色々と。ふと悪意に満ちた言葉が飛び出しかけたけど、小松は三吉に向かって下手くそなアイコンタクトを送り続けていて、それをやっと察したらしい三吉が言った。
「あの、駅まで送ろか?」
「お願いします」
 彩菜はそう言うと、樟葉に手を振って、駅の方向に歩き出した。三吉はすぐ横を歩いているけど、正直大した意味はない。まだ夜の七時半だから、外をひとりで歩いたって危なくないし、繁華街だから警察官もあちこちにいる。駅まであと少しの距離まで来たとき、肩を組んで歩いているサラリーマンのひとりが、箸から滑り落ちる味噌汁のワカメみたいにだらしなく転んだ。その体格が北井春樹にそっくりで、彩菜は思わず前に回り込んで顔を見下ろした。ほとんど北井春樹、でも顔が違う。
 再び歩き出しながら、彩菜は笑い出した。隣を歩く三吉は、声を出して笑う彩菜の方を見ながら、歩調を合わせるように笑い出した。
「ステーンっていったな?」
 本当に、コントみたいな転び方だった。別人でよかったけど、あんな風に顔だけ違う北井春樹のコピーが世の中には溢れていて、ワカメみたいにぬるっと転んだり、カラオケで演歌を歌ったり、会社で怒られたりしている。なのに、うちのは警察に捕まるかもしれないことをやっていて、なぜか最近はずっと顔が青い。
 顔だけ違うコピー品でいてくれればよかったのに。
「バイバイ」
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ