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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Firehawks

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 それでも、約束したはずだ。確か、店仕舞いを済ませたときで、警察に尻尾を掴まれたと正直に話した。それは、鴨山に対して『だからおれから離れろ』という意味で言ったのだが、返答は予想外だった。鴨山は『おれとは、連絡を取り合えるようにしとこう』と言ったのだ。そのときは、いざというときに頼っていいという意味に捉えていたが、実際には違っていたのだろうか。例えば、電話が来たらすぐ高飛びできるように、その危険信号としてキープされていたとか。もしくは、そのときは本当に窮地を救うつもりでそう言ったが、そこから過ぎた二十年があまりにも長くて、自然と反故になってしまったのか。
 川谷は片手に携帯電話を持ったまま廊下を静かに歩き、居間に入った。大地が中学校のスポーツ大会で獲得したトロフィーが並んでいる。再び発信しようとしたが、この部屋でトロフィーに見つめられながら話したい内容ではない。川谷は結局、屋根付きの車庫に移動してレクサスIS250のトランクにもたれかかった。声も響かないし、車の掃除をしていたと言えば、疑われることもないだろう。家の中と違う空気を吸い込んだところで気分が入れ替わり、川谷は呟いた。
「田中は覚えとったぞ……」
 田中と初めて会ったのは、二〇〇三年の三月。工作所の中を点検して回り、自分に繋がる点のほとんどを消したときだった。その姿を全て見られていたとは、思っていなかった。
『ちょっと話せるかー』
 その声の調子の軽さと合わせるように条件は単純で、銃器密売の罪を不問とする代わりに、田中との接点を保つこと。人生をどんな風に取り戻しても、取り戻さなくても、その約束だけは破ってはならない。田中は銃器犯罪対策班の所属だと言った。ゴマシオのことを話すと、『そいつはもう逃げてる』と言って、全く興味を示さなかった。ゴマシオは、乗っ取りから撤退まで、とにかく何をさせても最速で実現する奴だった。
 次に田中に呼ばれたのは、二〇〇八年。このときは、鴨山がどこに住んでいるか聞けと言われた。鴨山は当然渋ったが、知りたがっているのが田中だということは理解していたから、結局住所を明かした。しかし、田中は蛇のようにしつこい性格で、実際に現地に行って、写真に鴨山を収めてこいとまで言った。鴨山がアパートから出てくるところを携帯電話で写真に撮り、それを送ったことでようやく納得した。もちろん鴨山には、一度家の前まで出向いたことを、正直に伝えている。
 歓迎されるかはさておき、住所が今でも変わっていないとすれば、直接会う方がいいかもしれない。ただ、その場合は家族に対してなんて言うか、理由を考えなければならない。川谷は携帯電話をポケットに戻して、小さく息をついた。
 自分じゃなければ、あの状況をどう捌いただろう。鴨山とゴマシオが大口の取引相手を見つけた日。鴨山は取引規模の大きさに浮足立っていたし、感情を表に出さないゴマシオですら、『儲けようや』と言って笑っていた。そのまま続けばよかったのだが。
 周囲で死人が出始めて、自分たちが入り切るのを待っていたように、輪はどんどん小さくなっていった。
 
 
二〇〇三年 一月
 
 リンが引き金の引きしろを確認しながら、三つ又に分かれた板バネを見つめて言った。
「西の銃は、独特。よく分からない」
 コルトコンバットコマンダーは、まずヨウがフレームを手に入れた。次にリンが海外へ飛び、細かな構成部品を手に入れた。川谷は、弾が出なくても見た目が揃っていればいいと言ったが、鎌池は首を横に振った。悪評が例の組織に伝わるようなことがあれば、業者としての信頼は地に落ちる。弾が出るかどうかは、専門的な知識を雑誌でかじるだけでも充分に判断できる。コレクター向けであっても、手を抜くわけにはいかない。鎌池がスライドに薄っすらと浮いた錆を落としていると、すぐ隣で銃の雑誌を読んでいる川谷が顔を上げて、言った。
「そいつをオーダーした北井ってのは、鴨山の飲み友達らしいですね。去年はマカロフでしたわ」
「二回目か。ハマったかな」
 鎌池が言うと、川谷は首を傾げた。
「まあ、なんでしょうね。鴨山には家庭のこともよう喋るらしくて。娘の非行に手を焼いてるらしいですわ」
 スライドの面に光を当てて歪みがないか確認しながら、鎌池は笑った。 
「それは、弾の入ってない銃で解決すんのか?」
「銃に頼って解決するのは、あかんでしょう」
 川谷はそう言うと、雑誌を閉じて工具箱の上に置いた。状況に慣れるしかない。そう言い聞かせて、ここまで来た。目の前でチンとショウヘイの二人が殺されてから、まだ二カ月。二人と個人的な付き合いはなく、正直素性は知らなかった。面子が入れ替わった今の『四人組』の方が、結束が固い気がする。ゴマシオが不動のリーダー格、今はリンだけでなくヨウもいるから、銃を仕上げるスピードは前の体制より速くなった。そして、外の世界との接点である自分がいて、外の世界には鴨山。川谷はスライドをリンに手渡した鎌池の後頭部を見ながら、考えた。自分の組織を作り上げればいいだけの話で、それだけの腕っぷしもあるし、何より背後にはメガネとポニテがいる。頭を半分だけ突っ込む意味がよく分からない。ただ、儲かっているのは確かだ。去年『獲得』した大口の顧客にクリンコフとシグP228を納品したのが、一週間前。納品のときに、サプレッサーを組み合わせて機能する拳銃も欲しいと言われ、先行してグロック19とAACスパイダーを用意した。亜音速の9ミリも六十発は在庫がある。銃器密売組織から、お抱えの武器商人になりつつある。
「まあ、年頃の女の子は難しいんでしょうね。名前で呼んでもあだ名で呼んでも無視しよるみたいで」
 川谷が言うと、鎌池は手ぶらになった両手を開いて伸ばしながら、笑った。
「それは、単なる無視やろ。あだ名って学校で仲間から呼ばれてるもんを親が使っても、それは逆効果ちゃうか」
「おかきって呼ばれてるらしいんですけど、それがどうも、不良グループの中だけで使われてるあだ名らしくてね」
 川谷は、鴨山から聞いた話をそのまま鎌池に伝えた。いつもとは比べ物にならないぐらい、口数が多い。普段なら大抵、最後の言葉を無視して会話を打ち切るか、目を逸らせて違うことを始める。今回に限っては違うようだった。
「余計にあかんわ。そのあだ名も、親から逃げるために使っとるんやろが」
 鎌池は顔をしかめながら言うと、ショートホープの箱を取り出して川谷に向けた。
「ちょっと歩いてくるわ」
 工作所の外に出て、川を一本挟んだ先にある公園まで歩くと、鎌池はようやく煙草に火を点けた。実銃の魅力にハマった民間人、北井。川谷からのまた聞きだが、明らかに家庭不和なのだろう。受けたストレスが限界を突破したから、ストレス解消の手段も法律の壁を乗り越えた。そう考えれば、不思議なことはない。ただ、北井は家庭を持つ普通のサラリーマンだ。罪の意識は全くないのだろうか? 例えば、捕まるかもとか。取引のペースが早すぎるような気もする。今年の初めに、深川も同じことを言っていた。
 鴨山から着信が入り、鎌池は灰が伸びきった煙草を指に挟むと、通話ボタンを押した。
「大口から依頼や、急ぎで。サプレッサー付きの拳銃」
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ