Firehawks
「自分でも、銃を撃ちますか?」
「試射はしますよ。うちの商品は、動いてなんぼなんで」
佐藤は納得した様子で何度もうなずくと、言った。
「そうですか。お名前を教えてください」
「ゴマシオ」
鎌池が呟くように答えると、佐藤はゆっくりと瞬きをした。
「苗字ですか?」
鎌池は首を横に振った。冗談が通じないタイプか、本当に名前だと思っているのか。
「あだ名ですよ。本名はご勘弁ください」
鎌池が冗談めかして言うと、佐藤は口角を上げて微笑み、左右を見渡してから顔を近づけて、耳打ちした。
「わたしは、日本に来る前はバイマオと呼ばれていました。白い猫って意味です」
鎌池は咄嗟に顔を引いて、苦笑いに切り替えた。真顔のままだとおそらく見抜かれただろう。佐藤は姿勢を正すと、言った。
「あだ名は、誰につけられたんですか?」
「仲間に。事故で、頭に傷ができてからです」
それ自体は、嘘ではなかった。ゴマシオは高校のときのあだ名だ。佐藤はあだ名が自身を示すように自分の体を見下ろすと、言った。
「わたしも、あだ名は仲間から貰いました」
鎌池が愛想笑いを浮かべて会話が終わったとき、佐藤は大役を終えたように大きく息を吐きだした。
「難しい。ごめんなさい、色々と聞き出せって言われてたんです」
「おれの名前をですか?」
鎌池が口角を上げながら言うと、佐藤は右手をスーツの右ポケットに入れて、すぐに抜いた。
「その他にも、色々と。みんな用心深いんですよ。戻りましょうか」
二人で部屋に戻る間、鎌池は考えた。今のは面接だ。岩村は鴨山と引き離すことで、どちらかが本当の『取引相手』ではない可能性を試している。その証拠に、佐藤が右ポケットに手を滑り込ませたとき、刃が光ったのが見えた。恐らく柄の短いアイスピック。答え方や表情を間違えたら、その場で殺されていた。
部屋に戻ると、鴨山が鎌池の方を見るなり、言った。
「PBS−1か4のついたAKS74Uが一挺。弾倉三本、5.45を百二十発。拳銃は二挺、9パラで十発以上入るやつ。弾倉は二本ずつでフル装填できるだけの弾をセットで。こっちはホローポイント」
岩村がうなずき、鴨山に言った。
「お二人、付き合いは長いんです?」
鴨山が真意を掴みかねていると、岩村は鎌池の方を向いた。
「わざわざこの場で復唱せんでも、後から言うたらええのにと思ってしまってね。よっぽどあなたのことが怖いんですか?」
鴨山が苦笑いを浮かべたとき、鎌池はそこから先を素早く引き取った。
「まあ、そういう人間関係です。AKS74Uは、東側の銃ですが」
弾も5.45×39mmで、西側の銃とは共用できない。鎌池がそのまま続けるか考えていると、岩村は困りきったように眉をハの字に曲げた。
「佐藤が、慣れてるのがいい言うてね。ところで、お名前はなんでした?」
鎌池が口を開こうとしたとき、すぐ後ろで佐藤が代わりに答えた。
「ゴマシオ。本名は内緒」
「さよか、それでええんかいな。了解、ゴマシオさん。うちの人間から連絡入れますのでね、見積もりなど詳細は後々で。とりあえず今日のとこは顔合わせということで」
解放され、鴨山は鎌池をバーカウンターに誘ってアーリータイムズを一杯飲んだ。ほとんど言葉を発さずタクシーで工作所の近くまで戻り、鴨山はそのまま家へ帰っていった。鎌池は工作所までの道を歩いている途中、立ち眩みを感じて橋の欄干にもたれかかった。死を回避しただけではない。ついさっき、自分の手の上に落ちてきたもの。深川が言っていた本丸の組織。そのテストにおそらく『合格』したのだ。報告すべきことは山ほどある。深川が田中班長に報告し、全てが一気に動くはずだ。
工作所に戻って、ヨウから分解を終えたMP5の説明を受けていると、鴨山から着信が入った。
「北井からも、申込みがあった」
「へえ、このタイミングで? 来年になるぞ」
鎌池がMP5の割れたローラーを掴み上げながら言うと、鴨山は雑音から逃れるように建物の外へ出たらしく、突然周囲の音が小さくなった。
「忙しいときは重なるもんやな」
その声が若干震えているようにも聞こえるのは、北井に納品した帰りにスカイラインに追い回され、気づいたときにはメガネとポニテに入り込まれていたからだろう。鴨山にとっては、北井は飲み仲間であるのと同時に『大凶のおみくじ』で、不運の象徴みたいなものだ。鎌池は緊張の糸が切れて笑いそうになるのをこらえながら、言った。
「了解、銃は何?」
鴨山は言った。
「コルトや。コンバットコマンダー」