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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Firehawks

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 啓子はリモコンの横でフラップが開きっぱなしになった携帯電話を手に取り、担任にかけた。
「もしもし、斎藤先生。北井彩菜の母です。はい……、はい。ええ、ちょっと彩菜の調子が悪くて。はい、ああそうですか。ありがとうございます」
 通話を終えて、元の場所に携帯電話を投げ捨てるように置くと、啓子は彩菜に顔を向けた。
「体調が悪いんやったら寝たら?」
 母を追い出す方法は簡単、そこにわたしがいることだ。彩菜は動くことなく、その顔を見下ろした。根負けしたように啓子は立ち上がると、クロスがずれたままのテーブルをそのままにして、寝室に戻っていった。彩菜はテーブルを元通りにすると、樟葉からのメールを頭に呼び起こした。学校を休んで家にいるなんてこと自体が珍しいのに、父の秘密を探るなんて、中々のイベントだ。彩菜は首を伸ばして玄関に目を凝らせた。革靴がないから、確実に仕事に出ている。いつもより早い感じもしないし、啓子とひと揉めした以外は普通の朝だ。ここ最近は、書斎に入って出てこないことが多い。春樹は本をたくさん持っていて、建築関係のものがほとんど。小学校のころ、父親がどんな仕事をしているか聞いてくる課題があったけど、何度聞いても分からなかった。
 彩菜は書斎の前まで来ると、扉を軽く引いた。珍しく、鍵がかかっている。でも北井家の中では、鍵なんて無意味だ。啓子がよく失くすから、一階の押し入れの奥にスペアの鍵束がある。彩菜は手を伸ばして鍵束を手に取ると、書斎まで戻って鍵を回した。紙の匂いが籠っていて、カーテンの隙間から真っ白な光が細く差している。その光はテーブルの上を斜めに割っていて、『積算基準』と書かれた本の表紙にもかかっていた。
 部屋の中をぐるりと見まわしたとき、ペン立ての中に栓抜きが混ざっていることに気づいた。この中でお酒を飲んでいたんだろうか。お酒には弱くて、啓子に馬鹿にされていたはずだけど。机の引き出しをひとつずつ開けていくと、最後の引き出しを開けたときに中で鈍い音が鳴った。彩菜は直感的に『何かを壊した』と考え、体を引いた。勢いよく開けすぎて、中で何かがひっくり返ったに違いない。恐る恐る紙ファイルをどけていくと、鈍い音を鳴らした正体が姿を現した。
 ピストルだ。学校に持ってきた男子が弾を撃って、没収されていた。この手の玩具は嫌いだ。確か、あの男子は廊下に向かってパチンパチンと音を鳴らしながら撃っていて、何発か当てられた。そんなに痛くはないけど、チクっとする。
「あほちゃう……」
 彩菜は笑い出した。春樹が突然、同年代の男子に逆戻りしたように感じた。樟葉と自分がいて、少し離れたところにこのピストルを持った春樹がいたら。斎藤先生の雷が落ちる瞬間を想像して、彩菜は無意識に上がる口角を押さえながらピストルを手に取った。文鎮のように重くて、光に照らすと青く光る鉄で作られている。男子が持っていたのはもっと軽くて、プラスチックみたいな材質だったけど。彩菜は引き金に指をかけて、力を込めた。びくともしない。これは、ひと味違うな。そう思って彩菜が顔を上げると、書斎の入口に立った啓子が言った。
「なにしてんの?」
「秘密を探ってる」
 彩菜がそう言って、冗談半分に『ピストル』の銃口を啓子に向けると、つかつかと歩いてきた啓子はそれをひったくって、積算基準と書かれた本の上に叩きつけるように置いた。
「彩菜」
 名前を呼ばれて、彩菜は思わず瞬きした。そのトーンはどこか懐かしく、たった今まで忘れていたようにも感じる。娘として名前を呼ばれるときは、確かこんな感じだった。啓子が何をするのか分からないまま彩菜が立ち尽くしていると、啓子は支えるように彩菜の両肩を掴んで、言った。
「誰にも言ったらあかんで」
「言わんし」
 彩菜が苦笑いを浮かべながら言うと、啓子は首を横に振った。
「本物やから」
「何が?」
「その銃。本物やねん。やから、絶対に誰にも言ったらあかんで」
 啓子はそう言うと、彩菜が理解するのを待った。彩菜はぽかんと口を開けて、啓子の正気を試すように眉をひょいと上げた。
「法律で、あかんよね? いいん?」
 啓子が首を横に振り、実銃が家にあることをようやく理解した彩菜は後ずさった。啓子はその様子を見ながら、一週間前に初めて気づいたときの自分の反応を思い出していた。最初は、銃の所持が違法でなくなったのか、そう錯覚した。『弾がなかったら大丈夫』とか、『小さいのなら構わない』とか。そんなことは全くなく、ただ単純に銃刀法不法所持。
春樹が法律を破るようなことをするとは、想像すらしていなかった。仕事以外のことが頭に入るような人だとは思っていなかったし、家庭をほったらかしなのも、そう思うことでかろうじて納得できていた。そのはずが、書斎を掃除してみたら突然この拳銃が現れた。彩菜は引き出しを勢いよく開けたのだろう。自分も、同じやり方で見つけてしまった。
「お父さん、捕まるん?」
 彩菜の口から久々にその言葉を聞いて、啓子は唇を固く結んだ。何も答えないわけにもいかず、どうにかして首を横に振った。
「彩菜は、絶対に人に言ったらあかん。それだけ守ってたら、大丈夫」
 全く安全な状態でなくなってから、初めて人を安心させるための言葉が出るとは。啓子は、不安そうに爪で他の指を引っ掻いている彩菜を見ながら、思った。中年男の気の迷いにしては重過ぎるとしても、この一挺だけで済めば、まだ救いがある。
 それだけじゃないとは、彩菜には言えない。
 
 
 午後九時、宮原はレガシィB4のギアを五速に上げ、郊外を南北に貫く幹線道路を走らせ続けた。郊外に近づくにつれて車の流れは少なくなり、道路の舗装が荒い以外は高速道路とほとんど変わらない。今は時速八十キロで巡行していて、前に見えているのは最新型のウィンダム。五六式の男が乗るターセルセダンはさらに一台前にいる。溝口から監視を引き継いで、ちょうど五日が経った。何ごとにも慎重な溝口の手順を踏襲して、尾行に使った車は七台。これまでの動向とターセルセダンの道のりを組み合わせて考えると、おそらく山の中腹にある『養成キャンプ』へ向かっているのだろう。宮原はバックミラーに視線を向けた。今、後ろを走っているのはアルテッツァで、二つ手前のランプから合流してきた。四台が車間を空けて連なっている状態。
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ