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必要悪と覚醒

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 そもそも、夢の時間は、感覚であって、実際の時間に比べれば、比べ物にならないくらいに長いものである。それを思うと、どうして、時間が長く感じるという時に夢が絡んできていることに気づかなかったのか、自分でもわからなかった。夢うつつというが、そんな世界が広がって、時間という感覚を、人それぞれで感じているのだろう。
「こちらに、勝浦剛という常連さんが来ていると伺ったんですが」
 と、いよいよ睡魔に襲われ、そのまま、眠りに就いてしまいそうな時、静寂を突き破るかのように、数人の男たちが入ってきた。
「マスターはビックリしたようだったが、なぜか一瞬で表情が元に戻った」
 というのは、彼らが警察官で、警察手帳を提示した瞬間、まるで待っていたかのように、急に冷静になったのだ。
「ええ、おりますが? それが何か?」
 というと、
「彼が何者かに殺されたんですが、そのことでいろいろと捜査にご協力いただきたくて」
 というので、マスターは、
「分かりました」
 と、まったく、彼が殺されたと言われてから、動揺はなかったのだ。
 まるで最初から分かっていたかのような雰囲気に、警察も少しビックリはしていたが、とりあえず、被害者を知っているということでの事情を聴いているだけなので、それほどの緊迫した印象はなかった。
 どうやら、警察もありきたりなことしか聞いていないようだ。勝浦という男は、本当にただの常連であり、それ以上でもそれ以下でもないようだった。ただ、警察は、畠山にはまったく目のくれなかった。それは、マスターが昨日初めて連れてきて、昨日知り合ったということを告げたからではないだろうか? 捜査の進展によっては、こちらにも事情を聴きに来るかも知れないと思ったが今のところはどうでもよかった。
 それにしてもマスターは、彼が殺されたということに、一切の驚きはなかった。まるで、運命を運命として受け入れるという感覚でしかなく、必要以上なことを考えている様子もなかった。
 警察が帰ってから、マスターは、ボソッと言った。
「まあ、犯人が捕まるのも、時間の問題でしょうね?」
 という。
「どうしてですか?」
 と聞くと、
「だって、防犯カメラなど至る所にあるだろうから、すぐに特定されるでしょうね?」
 というので、
「覆面をかぶっているかも知れないじゃないですか?」
 というと、
「いや、犯人はたぶん、わざと捕まるようにしているんだと思いますよ。殺されたのが、何と言っても、ライブカメラとかGPSの過度な使用に反対している人間でしょう? それだけに、犯人は、逆に、その利用の肯定者だと思うんですよね。ただ、殺ったのは、下っ端でしょうけどね。つまり、これも一種の実験。どれだけのスピードで警察の捜査力とカメラの力で検挙までいけるかということのでしょうね。ただ、相手も組織を持っているので、これは組織対組織、つまりは、報復合戦の始まりじゃないかと思うんですよ」
 とマスターがいうので、さすがに畠山もビックリして、
「どうして、そんなことが分かるんですか?」
 というと、
「だって、このことは、殺された本人が一番分かっていたことで、もし、こうなった場合にどうすればいいか、勝浦さんは、メモに書き残していたんですよ。で、その時、畠山さん、あなたに協力してもらいなさいとも書いてました。あなたには、何か人にはない能力を持っているようで、それがまもなく覚醒すると書かれていたんです。そう、つまり、勝浦さんたちは、必要悪であり、逆に組織は、必要に見えるけど、本当の悪であるということらしい、ただ、そのことに気づいた時は手遅れになるかも知れない。だから、勝浦さんは自分が死ぬかも知れないが、そうなると相手ももう終わりなので、うまく警察がごまかされないようにしてほしいということだったんですよ」
 とマスターは言った。
「なるほど、必要悪ですか。でも、僕に何かできますかね?」
 と聞くと、
「大丈夫です。勝浦さんは、私に手紙を託した時、あの人がここに来るのは運命だから、逆らえない運命に気づいているはずだ。だから、その時には、本人も何となく分かっているだろうが、覚醒しているんだと思う」
 というのだった。
「ああ、さっき、夢と現実について考えさせられた気がしたんだけど、何か感じるものがありましたね。それが、勝浦さんのいう、覚醒だったんでしょうか?」
 というと、
「そういう意味では、勝浦さんは、死の直前に覚醒したのかも知れないですね。あなたという後継者を見つけたことで、殺されはしたけど、何か、達成感のようなものがあったのかも知れませんね」
 どうして分かったんですか?」
「手紙を読みましたからね。別に何もなければ読まないでとは言われなかったので、読まれることを見越して渡したんだと思います。だから、彼を必要悪の一人だと感じたんです。あなたも覚醒したのであれば、分かるかも知れません。勝浦さんが見ていた世界が見える気がするんですよね」
 とマスターがいうと、
「言われてみれば、何かが分かってくる気がします。必要悪。そういえば、私も自分のことをそんな風に感じたことがあります。自分が悪だと思いたくないけど、必要悪だとすれば、許容できるんだってですね。だから、そういう意味でいけば、勝浦さんが私に託したのであれば、それが運命だったような気がしてきました。いや、ひょっとすると、この団体というのは、こうやって、受け継がれてきたのかも知れない。必要悪が必要悪であることの大切さ。それを知った気がします」
 と、畠山は、何かそれまでになかった自分が覚醒したことを、必要悪という言葉に教えられた気がした。
 ライブカメラが今後どのような形になるかは分からないが、少なくとも、ここのマスターは勝浦氏の組織のかなり上に位置する人ではないかと思うのだった。
 そんなことを考えていると、
「必要悪が身についた瞬間に自分が覚醒したのか?」
 あるいは、
「その逆なのか?」
 とも考えていた。
「必要悪と覚醒」
 両方を味わいながら、これから自分が進む道を模索している畠山であった。

                 (  完  )
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作品名:必要悪と覚醒 作家名:森本晃次