後悔の連鎖
という言葉がやけに真剣に感じられるようになった。
興奮にしても、恥じらいにしても、この感受性を豊かにできていないと、感じることができないものであり、マヒした感情が、表に出てくることはないのではないだろか?
と感じるのだった。
そんな良治が、婦女暴行に至った経緯は、分かる人には分かるだろう。
「たがが外れた」
と言ってもいいかも知れない。
ただ、一緒にやってきた弁護士は、どこかで見たことがあると思ったが、それはそうだろう。例の、
「自費出版社系の一連の事件」
で弁護士を引き受けた、渡辺弁護士だったのだ。
大団円
こちらは、良治に暴行された方で、その相手は娘のりえで、16歳だった。岡崎治子は、りえの父親とは、数年前に離婚していて、離婚した夫である岡崎は、犯罪を犯して、服役していたのだ。
治子は、離婚まではしたくないと思っていたが、旦那の方が、こだわってしまい、いろいろあったが、結果離婚に至ってしまった。そんな治子と娘のりえを影ながら支えていたのが、岡崎史郎だった。治子の夫の弟で、二人の相談相手くらいにはなってあげようと思っていたのだ。
彼は前につき合った女性のトラウマがあることから、しばらく女性と付き合うことはなかったが、治子は勘が鋭い女性で、史郎の精神的なトラウマを、ある程度性格に見抜いていた。
ハッキリとは言わないまでも、やんわりと、癒しになるような言い方をして、さらに、ちょうどいい距離にいて、話を何でも聞いてくれそうな雰囲気だった。
今までなら、女性に自分のトラウマを話すなど、怖いという意識なのか、恥ずかしいという思いなのか分からないが、口にすることができなかった。だが、相手が治子だったら、何でも言えるような気がした。彼女は彼女なりに、歩んできたいばらの道が、岡崎に共鳴を与えるのかも知れない。
治子に感じた思いは、
「癒し」
だったのだ。
本当は言葉にしなくても、一緒にいるだけで、心地いいのだが、
「その思いを言葉にするとどうなるのだろう?」
という感情から、少しずつ治子に心を開いていった。
つまり、
「治子と一緒にいると、それまで漠然と感じていたことがどういうことなのかということを、一つ一つ、教えてくれる」
というような、そんな気がしたのである。
治子本人には、そんな感情はないのかも知れないが、治子を知っている人が治子のことを聞かれると、皆が口を揃えて、
「女神のようだ」
と言っていた。
その理由としては、
「こちらが何も言わなくても、すぐに分かってくれて、それを形にするのが、天才的にうまい」
ということをいうのであった。
そんな治子だったが、娘のりえに対しては、その神通力が通用しないのか、なかなか、反抗期ということもあって、いうことを聞いてくれず、てこずっているようだった。
「私が自信をもって言っていることが、すべってしまうのよね」
という。
「他の人に対しては、結構無責任に話をしているのに、皆喜んでくれて、感動もしてくれる。それなのに、娘のこととなると、どうしてこうなのかしら?」
と、結構嘆いていた。
しかし、りえは、頭のいい子だった。母親に反抗はしていたが、その思いは、
「根底のところでは、一緒なんだって思っているわ」
と感じていたのだった。
りえという子は、学校でも、凛々しいと言われていた。叔父にあたる史郎も、次第にりえを見ているうちに、
「だんだん母親に似てきたな」
と思うようになってきた。
そんな彼女は、きっとオーラがすごかったのだろう。
そんなりえを、良治は、いつどこで目を付けたというのだろう? りえには、正面から人に与えるオーラよりも、後姿のオーラの方がすごい。ひょっとすると、前からのオーラは自分で、抑えることができているので、抑えていたが、後ろからのオーラだけはどうすることもできず、良治の中でりえが天子のように思えたのかも知れない。
しかし、そんな天子を暴行しようなど、一体どういう了見なのだろうか?
りえは、自分が、他の女の子よりも、男性に狙われやすいという自覚を持っていた。
それがどうしてなのか、理由までは分からなかった。
「無防備に見える」
からなのか、それとも、
「オーラがすごい」
からなのか?
それとも、普通に、他の子よりもかわいいからなのか、どれなのかを考えていたが、たぶん、オーラなのではないかと思っていた。
他の女の子にはないオーラがあると自分で思っていた。
彼女は他の女の子よりも、母性本能が強いらしい。癒しをオーラとして醸し出しているということであるならば、
「オーラとかわいらしさを兼ね備えている」
と言ってもいいのではないだろうか?
良治とすれば、むしろ、
「彼女なら、逆らわないかも知れない」
と感じたようだ。
ただ、それは暴行犯としては一番卑劣な態度であり、逆にいえば、そう思わない限り、暴行しようとも思わないからではないだろうか?
今度の暴行で、弁護士はいつものような言い方をしてきた。
「ここで騒ぎ立てると、お嬢さんが、世間に晒されることになりますよ」
といういつもの殺し文句である。
治子は、どうせ、そういわれることも分かっていた。分かっていて、敢えて、
「そんなことはあなたには関係のないことですからね」
と言ってのけた。
相手は、少しビックリしているようだった。普通はこういえば、たいていの場合は、折れてくるものだ。しかし、お金にも、脅しにも屈しようとしない相手に、何を言えばいいのか、さすがに困っているようだった。
「じゃあ、告訴するということでしょうか?」
と言われて、治子は、
「ええ、そのつもりです」
というではないか、
「何をそんなにこだわっているんですか?」
と聞かれると、
「あの子にトラウマを残したくはないからです。もし、ここで引き下がってしまうと、あの子は、暴行されたことが頭から離れず、ずっと人を好きになることもできず、一人で苦しむことになるんですよ、親として、それをじっと見ていくことは苦痛で仕方がない。だから、私は、あの子を守ってくれる人を待ちわびるという意味でも、あの子の男性に対してのトラウマを解消させてあげたいんです」
という。
「でも、一歩間違うと、これから裁判において、裁判官や検事からいろいろ聞かれて、恥ずかしいことを言われたり、私も相手側の弁護士ですから、相手の勝利のために必死になるから、容赦はしないですよ。それが、彼女のトラウマになるとは思わなかったんですか?」
と言われて、
「いいえ、あの子には後悔してほしくないんですよ。トラウマと一緒に後悔まで残ってしまったら、それこそ、立ち直れなくなってしまいますからね。それを思うと、告訴をしないといけないと思うんです」
「どうしてそこまで……」
と、弁護士がいうと、
「私は、この街と一緒に育ってきました。この街の昔ながらの賑やかだった頃も知っています。何といっても、ここのアーケードを通るだけで、一式なんでも揃うとまで言われていた頃だったじゃないですか。そんな街で育ってきたことを誇りに思ってきたんです」