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 あえて聞いてはいないが、宥人とマオリという男の関係はなんと形容するのが相応しいのだろう。ママによると、5階の店の料金形態はたいして高額ではないようだが、指名やらボトル料金やらのオプションがつけば、それなりの金額にはなるだろう。宥人が通う頻度は以前より明らかに増えていた。昼間は弁護士として働く彼がこれほど頻繁に夜更かしをして、体調を崩さないのだろうか。
 そこまで考えて、またも他人の心配に無駄な時間をかけていることに気づく。ため息をついてコーヒーカップを洗った。1組目の客がドアを開け、おれは黒服モードに切り替えて笑顔をつくった。

「最近よくくるよね」
 いつものように裏口で宥人を見送ってフロアにもどったおれに、ママの彩が声をかけてきた。
「菊地さんだっけ。ミヤちゃんのお客さん」
「おれの客ってことはないですけど」
 すべての事情を説明したわけではないが、彩ママは開店前に宥人が店で過ごすことを承諾していた。もちろん、わずかばかりのサービス料金を加算した飲みもの代は支払っているから、たとえ営業時間外であっても客としてあつかうべきだろう。
 彩ママはフロアの席のひとつをつかって領収書や請求書の束と格闘している。このところ、売上の状況が芳しくない。1年でもっとも飲食業が暇な2月とはいえ、台所はくるしい。たとえ数千円でも、通ってくれる客を蔑ろにできない事情もある。
「けっこう前に、上のお店のスタッフとエレベータに乗ってるところ見たけど、そっち系のひとなのかな」
 電卓を叩きながら、暇つぶしの雑談として話題がつづく。
「どうですかね」
 痴話喧嘩に巻きこまれたことは伏せ、曖昧にはぐらかす。内密にするよう請われたわけではなかったが、ぺらぺらとしゃべるようなことでもない。
「ミヤちゃんに『ホの字』なんじゃないかと思ったんだけど」
「ホの字?」
「惚れてんじゃないかってこと」
 まだ40代だが、年嵩の顧客が多いせいか、ママのワードセンスはかなり古い。
「ないでしょ、それは」
「そうかなあ。こういうときのわたしの勘はけっこう当たるんだけど」
 おれはカウンターの棚を開け、キープボトルを整理していた。背中に彩ママの好奇心旺盛な視線を感じたが、気づかないふりをした。
 開店時間が近づくと、ホステスたちも続々と出勤してくる。セーターにショートパンツといったラフな服装の香里がショルダーバッグをぶら下げて入ってきた。続いて、デニム生地のワンピースを着た結南。ふたりともほとんどすっぴんだった。
「おはようございます」
「おはよう、ミヤちゃん」
 昨晩は常連客とアフターに出かけていたベテランはまだ気怠げだった。カウンターの上の箱に気づく。
「あら、いつもの菊地さん?」
「はい。今回は北海道に出張だったそうで」
「わーい。開けちゃお」
 結南がさっそく箱を開封する。今日の土産は夕張メロンのゼリーだった。
「おいしそう。菊地さんのお土産、いつもセンスいいよね」
 結南がはしゃぐ。自分の客にしようと色めき立っていた女たちも、あまりに宥人が関心を示さないためにすっかりあきらめてしまっていた。しかし、こうして頻繁に珍しい菓子や飲料を献上されていることもあってか、彼について悪くいうものはいなかった。
「それだけじゃないよね。うちらの体のこと考えて、胃にやさしかったりカロリー低めだったり、気を遣って選んでくれてるのわかるわ」
 香里の言葉に、はじめて気づかされた。たしかに、土産として渡されるものには受け取る相手への気配りが見て取れた。
 やはり男が好きというからには、女の感覚にちかいものがあるのだろうかなどと考えながら、おれは後からくる女たちのためにゼリーを冷蔵庫にしまいこんだ。
「そういえば、この前、菊地さんテレビで見た」
 カウンターの椅子に座ってゼリーを食べながら、結南がいった。冷蔵庫を操作するためしゃがみこんでいたおれは、一拍措いて立ち上がった。
「どこでって?」
「だからテレビ。出てたの」
「菊地さんが? なんで?」
 すこし離れたテーブルで事務作業をしていたママが口を挟む。
「お昼の番組のコメンテーターみたいな。弁護士なんでしょ。それでじゃないかなあ。よくわかんないけど」
「結南、ニュースとか見るんだ」
 ファンデーションをなおしながら、香里が茶化す。結南は客に人気のある屈託のない笑顔でいい返した。
「見るわけないじゃないですか。お昼やってるワイドショーみたいなやつ。たまたまテレビつけたら、知ってるひと出てたんで」
 俄には信じがたい。職業については本人から聞いていたが、テレビでコメントするようなタイプには見えなかった。もちろん、頻繁にメディアに登場したり書籍を出版したりと表に出る弁護士もいると知ってはいたが、宥人に関しては、どちらかというと机に囓りついてデスクワークに勤しむ昔ながらの弁護士を想像していた。
 信じられないといった顔をしていたのだろう。おれの反応を見て、結南は疑われていると思ったのか、スマホを取り出した。
「ほんとだって。ちょっと待ってよ。動画アップされてたから……」
 ネイルアートの施された爪で器用にスマホ画面をタップし、スクロールして、すぐに目当ての動画を見つけ出した。
「ほら。おなじひとでしょ」
「ほんとだ。名前も書いてある」
 横から香里が手を伸ばしてスマホを奪ったせいで、おれには画面は見えない。しかし、音声だけは聞こえてきた。
「それでは、この件については専門家の菊地先生にお聞きします。先生、お願いします」
 男性司会者に促され、弁護士はしゃべりはじめた。
「まず、今回の法案に関しては、率直にいって、ちゃんちゃらおかしいの一言ですね。こんな内容で納得するひとはまずいないと思います」
 たしかに宥人の声。おれはとくに興味を示さず、開店準備のためグラスを並べていた。香里が驚いたように笑う。
「すごい。いつもと全然雰囲気ちがうね。ママ、ほら見て。菊地さん出てる」
「えー、見せて見せて。あら、かっこいいじゃない」
 事務作業をひと段落させたママも参加し、みんなで一台のスマホを囲む。
「でも、先生、これこのままにしとくとわたしたちの生活にも影響があるんじゃないかって思っちゃうんですけど」
 テレビ特有の演出か、女性タレントが割って入る。
「どういうことでしょうか」
「だって、性的少数者のひとたちにおなじ権利を与えちゃったら、トランスジェンダーを自称する男が女子トイレだったり更衣室に入ってきちゃっても止められないってことですよね」
「いいえ、止められますよ」
「でも法律が……」
「トランスジェンダーを自称する男性は男性とおなじですから、おなじように法で裁かれます。それ以前に、女性用のトイレや更衣室に入りたいという要望はほとんどありません」
 どうやら今取り組んでいると話していた性的少数者の権利に関する内容らしい。宥人の口調ははっきりしていて淀みがなく、よく通ってプロの司会者やアナウンサーと較べても遜色がないほど聞きやすかった。
「あのね、先生ね、ぼくの知り合いにもそういったひとはいますよ、実際」
 外国人らしき口調の男性タレントが発言する。
作品名:EXIT 作家名:新尾林月