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 やさしい声だった。自宅を特定され、大勢に待ち伏せられて、そうとうな恐怖を感じていただろう宥人が、おれを気遣い、昂ぶりを鎮めようとしている。その意思のつよさと懐の深さに、おれの全身を覆っていた怒りと腹の底で渦巻いていた昏い憎悪が霧散していくようだった。
「あいつら、マジで全員ぶん殴りたかった」
「手を出したら負けだよ。あれでよかった。冷静だったね」
「全然冷静じゃねえよ。宥人さんが……」
「おれはだいじょうぶだよ」
 宥人はつよい口調でいったが、おれの首に触れる指先は冷たかった。隠しているだけで、ショックを受けていないはずはなかった。剥き出しの侮蔑をぶつけられ、平静でいられるはずがない。
 宥人の肩に腕を回した。宥人にされたように頭を抱えて、胸に圧しつけさせた。タクシーの運転手は見て見ぬふりをしている。
「おれがいるから」
 運転手に聞こえないような声で囁くと、腕のなかで宥人が小さく頷く。体を密着させると、宥人の緊張がよりダイレクトに伝わってくる。こうして抱きしめることしかできない。無力感に叫び出したくなった。覚悟したうえであえて矢面に立っているのだと宥人は耐えているようだが、ここまでされなくてはならないのか。弁護士の仕事の一部であるはずがない。あまりに不公平で、リスクが大きすぎる。こんな状況で、こんなに華奢な体で、ひとりで闘ってきたのかと思うと、腕のなかの体を離すことなど考えられなかった。タクシーの後部座席で、おれは宥人の体をつよく抱きしめた。

 とりあえず、新宿にもどり、おれのアパートに避難することにした。さすがにおれの住居までは特定されていなかったようで、周辺は静かなものだった。
 すでに朝5時を過ぎていて、空が白みはじめている。昨日から一睡もしていなかったが、神経が張り詰めているせいか、睡魔は訪れそうになかった。
「おれの携帯、持ってる?」
 部屋に入るなり、宥人はいった。ネクタイをはずし、鞄に入れる。宥人のスマホはおれが持ったままだった。ポケットから取り出すと、いつの間にか電源が切れていた。通知が多すぎてバッテリーを酷使していたのかもしれない。
「充電器、貸して」
 液晶ディスプレイの黒を確認して、宥人がいう。
「実家と職場にも嫌がらせがあるかもしれないから、念のため連絡しておかないと」
「朝の5時だよ」
 冷静に見えるが、やはり動揺が鎮まっていないのだろう。宥人は動作しないスマホを握りしめ、硬い表情だった。立ったまま、キッチンの前でうろついている。
「SNSも確認しないと。善くんの動画も上げられちゃってるかもしれないし、ちゃんと訂正しないと、変に誤解されて巻き込むことに……」
「ちょっと待って」
 おれは宥人の手からスマホを奪い取った。
「訂正とか巻き込むとかってなに?」
 キッチン台の上にスマホを置き、宥人の腕をつかむ。それほどつよい力ではなかったが、宥人の体が小さく振動するのがわかった。
「おれら、付き合わねえの?」
「それは……」
「勝手にあんなこといったのは悪かったけどさ、訂正なんかしなくていいじゃん。事実にしちゃおうよ」
 戸惑う宥人に畳みかけるようにいった。
「でも善くんに迷惑がかかる……」
「迷惑とか思うわけない」
 宥人の両腕をつかみ、凍える体をあたためるかのように上下に擦った。もっと早くこうしておけばよかったと思った。
「おれ、中途半端な気持ちでいってないよ。宥人さんがひとりで背負ってるいろんなもの全部分け合いたい。宥人さんの全部知りたいし、受け容れたい」
 宥人は黙っている。おれを見る瞳が揺れている。
 どんな言葉が必要なのか、どんな言葉なら気持ちを伝えられるのか、わからなかった。だれかに気持ちを伝えたいと思ったことははじめてで、おれはひどく焦っていたし、恐怖も感じていた。このひとに拒絶されたらと考えると、怖くてたまらなかった。だれかを好きになると、まともではいられなくなるものだと、はじめて知った。自分が自分でなくなったかのようだった。
「なあ、宥人さん」
 半歩足を進めるだけで、鼻先が触れあいそうなほど距離が縮まった。宥人の息づかいを感じる。眼鏡を取る。宥人は拒まない。スマホの隣に眼鏡を置いた。
「おれ、馬鹿だし、宥人さんから見たらガキで頼りないかもしれないけど、宥人さんがしんどいときに支えられるような男になるからさ」
 宥人は両手をおれの胸に張ったが、圧し返すほどの力はなかった。おれは腕をつかんでいた手を腰に回し、宥人の体を引き寄せた。拒まれていないと思うとどうしようもないほど胸が高鳴った。
「だからさ、宥人さん。付き合おうよ、おれたち」
「善くん……」
「おれ、宥人さんの彼氏になりたい」
 唇がちかづきすぎていて、しゃべる動きで皮膚同士が擦れた。
「いい?」
 返答を待たず、唇を触れさせた。
「だめ?」
 表面だけを軽く圧しつけると、宥人が背中に手を回してきた。その動作が合図だったかのように、おれはキスを深いものにし、差し出された舌を吸った。掌を臀に這わせ、やわらかい肉に指先を食いこませた。
 腕に力を込めると、宥人の爪先が浮いた。両脚を抱え、ベッドに連れて行った。連れて行くといっても1ルームの部屋だ。移動距離は短い。折り重なるようにベッドに倒れこんだ。
 興奮を抑えられそうになかった。宥人の唇を貪りながら、シャツの裾を引き上げ、肌に直接触れた。細い腰がおれの下でびくっと跳ねる。
「ちょ、ちょっと待って、善くん……」
 首に唇を這わせると、宥人が声を震わせた。
「だめだって……」
「なんで?」
 おれの声も掠れて息が混じっている。唇を合わせると息が混じりあった。
「男同士だし……」
「だからそれはもう関係ないって」
「年齢もちがうし……」
「本気でいってんの?」
 舌先で鎖骨をなぞりながらいう。
「気にするわけないじゃん、そんなの」
「待って待って、ほんとに……」
 シャツのボタンに手をかけると、宥人が大きく反応を見せた。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
 わずかに体を起こすと、薄いカーテンごしに朝日が差しこみ、宥人の腹部に散った産毛がきらきらと輝いた。
「服脱いでしたことないからちょっと驚いただけ」
 宥人の返答は思いがけないもので、おれは戸惑い、直後、宥人がこれまでの男にされてきたことを考え、腹立たしくなった。
「男の裸見たらさすがに引くと思うし……」
 おれは黙ってシャツのボタンをすべてはずした。宥人は不安に瞳を揺らしながらおれを見つめていた。
 隠れていた肌が露になる。宥人は体を丸めて視線を避けようとしたが、おれが肩にくちづけると、おずおずと体をひらいた。
 シャツを肩から滑らせ、腕を引き抜く。その間も首や胸に小さなキスをつづけた。突起の周辺に舌先を掠らせると、宥人はおれの首に手を回して大きく息を吐いた。熱い吐息がこめかみをくすぐり、おれの興奮をますます煽った。
 キスしながら下腹部を密着させる。小さく腰を動かすと、屹立したものが宥人の腹部の肉を圧し上げた。
 至近距離で視線が衝突する。宥人は驚いたような表情だった。裸の背中を撫でながら微笑んで見せる。
作品名:EXIT 作家名:新尾林月