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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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ネル君がくれた紅茶

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「火星の人は、何を食べるの?」

僕達は、3杯目の紅茶を飲みながら、話をしていた。ネル君が「あと30分くらいで帰るよ」と言ってから、そろそろ20分経つ。

「色々な物。でも、地球で言う、“動物性食品”かな?」

「人間は…食べないの?」

ネル君はちょっと迷ったように顎をさすってから、僕の方を向く。

「食べようと思えば、食べられるよ」

僕は、その言葉をあまり不思議だとか、怖いとか思わなかった。人間のありきたりな常識で、宇宙を紐解けるなんて思わなかった。そんな自分にちょっと驚きもした。

「なんで、僕は食べられないのかな」

また迷って、ネル君は「うーん」と唸り声を上げる。

「僕達はね、浩二。食糧問題から宇宙をさまよう羽目になったんだ。でも、地球には食べる物はいくらもあった。それでどうして友達を食べる必要が?」

僕はその時、まだネル君の話を信じ切れていない自分を感じていた。なんだか、空論を投げられた気分だった。分からない事に子供のように拗ねそうになるのを、なんとか堪えた。

「じゃあ、「ネル」って名前は?本名は?」

その返事次第で、僕は彼に、「やっぱり騙したんじゃないか」と言えるんじゃないかと、まだ考えていたのかもしれなかった。

「僕の本名は、地球人には聴こえない言語で喋らないといけない。いわゆる超音波になるから、聴こえないよ。「ネル」っていうのは、谷川俊太郎の詩の中に、「ネルルし、キリリし、ハララしているか」っていう一文があって、その表現が好きだったから」

「ふーん…」

僕には、ネル君が言った事を否定出来る仮定も、断定も、思いつかなかった。だから黙っていたけど、ネル君はテーブルに身を乗り出す。

「それで、浩二。この紅茶についてのお願い」

僕が顔を上げると、ネル君は凄く真剣な顔をしていた。彼は重々しく口を開く。

「…絶対に、化学分析しない事。このまま捨てない事。それから、土にも埋めない事。別の生活圏からの化学は、その星にショックを与える可能性が高いんだ」

そう言われて僕は怖くなり、思わずこう言った。

「え…じゃあ、これを僕が飲んでいい理由は…?」

「僕達が研究して、地球の人も飲めると分かってから、何人か、飲んでくれた地球人の科学者が居て、彼らの身体や生活に異常は及んでないと聞いたんだ。でも、怖かったら飲まなくていいし、受け取らなくていいよ」

急にそんな事を言われ、僕は、“ネル君の置き土産なのに!”という気持ちに責められてつい「もらう!」と言ってしまった。その時にやっと、僕がネル君の話を半分は信じていたと分かった。

「有難う。じゃあ、僕は明日出発だから、これでもう会えないけど…元気でね」

そう言って、ネル君は下瞼に涙を溜めている。僕は、どうにか慰めてあげたいと思って、どうしようか迷ってから、食器棚に向かった。

“さっきネル君は、これを見詰めていた。多分、喜んでくれるはず!”

“騙されていても、冗談でもいい。少しの間楽しかった事のお礼は、したい!彼は居なくなってしまうんだから!”

その気持ちで、食器棚の戸を開ける。僕は一番左下奥に置いてあった陶器の人形を手に取って、ネル君に差し出した。

「…邪魔にならなければ、もらって欲しいんだ」

それは彼にとってとても大きな驚きだったようで、しばらくびっくりしていたけど、やがてにっこりと微笑んで、「有難う。大切にするよ」と言ってくれた。


作品名:ネル君がくれた紅茶 作家名:桐生甘太郎