摂関主義宗教団体
「そうです。その通りです。私はそれが正解だと思っています。だけど、何をしてもいいというわけではありません。キチンと誰かそれを導く人がいるはずなんです。そういう意味では、今の政府という体制は間違っているわけではないんですよ。だけど、先ほどの民主主義という考え方のお話と同じで、今の体制だと、多数決であり、少数派は抹殺されてしまうことになる。だといって、社会主義のように、政府が何でもかんでも、雁字搦めにしてしまって、自由を奪ってしまうと、必ずひずみが出てしまう。このバランスが難しいところなんですよ。我々は、その民主主義と社会主義の狭間において、どこで落ち着けばいいのかということを模索する団体なんです。だから、我々が今のところ宗教団体だといっていますが、当然なんの力もない。そこで教祖をまず頂いて、その人を中心に動いていくわけですが、その教祖を育てるのも我々の役目だと思っています。教祖が社会主義やファシズムのような危険な独裁者にならないようにしないといけませんからね」
というのだった。
「これは、僕の考えで極端なのかも知れないんですが、僕は決して、社会主義やファシズムの考えは嫌いではないんです。社会を収めるための粛清であったり、ホロコーストは、実際のやり方は正しいとは言えないけど、考え方は間違っているとは思わないんです。そこかに妥協点はなかったのかな? と考えるくらいなんです」
というと、
「そこなんですよ。問題は。私たちの団体は、そこの落としどころを考えているんです」
というので、
「それが、摂関政治に見ることができると?」
「ええ、そうなんです。主君の補佐をする人間は必須であり、それは歴史を証明しているじゃないですか。でも、それでもうまく機能しない場合が多い。だけど、藤原摂関家では、宮中での抗争はありながらも、戦争のようなことは起こっていない。しかも、あれだけ長続きした。さすがに主君が、煩わしさから、藤原氏排除に動いて、院政を始めることで、藤原氏を遠ざけたんだけど、そのせいからか、武士の台頭を許すことになる。もちろん、客観的に見てのことですけどね。武士の発生は、どんな時代からでも、免れなかったことだとは思いますが、あんなに鮮やかに武家政治が生まれたのは、本当に偶然なのかも知れないと私は思っています」
歴史認識というのは、人それぞれの考えがあるが、この話に関しては、梶原も賛成であった。
「確かに藤原摂関家という考え方は、摂政・関白それぞれに、政治のわき役であり、主役でもある。天皇が独裁にならなかったのは、こういう人たちがいたからでしょうね」
と梶原がいうと、
「その通り。だから、摂関政治に近い形の世の中を作れば、もう少し日本を亡国にせずに済むと思っています。大日本帝国も、似たような考えで出発したはずだと思うのですが、どこでどう間違えたのか、亡国にしてしまった。だけど、個人個人の考え方は、今の時代のような、自由や平和というものにボケてしまっているわけではなく、よほど、勉強を積んでいたはずなんです。それは、教科書でしか教えられないものではなく、生き方、考え方を教え込んでいたんですね。それが正しいのか間違いなのは、誰にもジャッジはできないのでしょうが、今の世の中というのは、本当に個人個人が世の中のことを考えていない。つまり、自分さえよければそれでいいという人が多すぎるんですよ。だから、カリスマ性が必要なんですよ。実際に、今までの宗教の中でもカリスマ性を持った人が教祖として君臨してきたけど、結果は悲惨なものですよね? 国家転覆に繋がったり、宗教団体存命のためにだけ動いたり、教祖としての自分の利益しか考えていなかったりとですね。たぶん、権力をその手に握ったことで舞い上がってしまったのではないでしょうか?」
と、倉橋は言った。
「そうですね。それはあるでしょうね? だとしたら、この団体は僕をどういう教祖に仕立て上げようとしているんですか? カリスマ性を持たなければいけないということは分かるんだけど、僕だって人間だから、欲望を抑えることはできない」
というと、
「だから、抑える必要なんかないんですよ。抑えるんじゃなくて、表に出してもいいだけの技量をまず身に着ける。いや、持っていると感じたから、我々はあなたを推しているんです。あなたの中にある潜在意識は、しっかりとあるはずなので、あとは、それを独裁にならないように、我々がコントロールするんです」
と倉橋がいうので、
「ん? ということは、補佐をする人間もコントロールする必要があると?」
と聞くと、
「ええ、そうです。今の世の中、必ず権力を持っている人間を補佐する役目の人がいます。その体制はできているんですが、補佐している人間は、君主から遠ければ遠いほど、自覚がないんです。民主主義の観点から言えば、国民全員が政治の参加者でなければいけない。もちろん、未成年は別ですけどね。でも、結果として、多数決で決まってしまうじゃないですか? それを本当に民主主義として認めて、そこを妥協点としていいんでしょうか? つまりは、妥協点をどこかで認めなければいけないというのは、当たり前のことなんですが、今の世界が狂ってしまっているのは、その妥協点を間違えているからではないかと思うんですよ。だから、我々はそれを正したい。それがこの宗教であり、教祖であるあなたが、それを導くように動いてほしいんです」
と倉橋がいうのを聞くと、梶原は急に怖くなってきた。
「僕にそんな大それたことができるとは思えないが」
というと、
「大丈夫です。もうすでにあなたは、無意識かも知れないけど、潜在意識で動いています。そのことは、あなたが今自覚しているはずだと私は思っていますよ」
というではないか?
「そういえば、さっきから、何やらアロマのようなリラクゼーションのようなお香の匂いがしてくるんですが」
「ええ、それがあなたの潜在意識を覚醒させている証拠なんです。これは、ヒトラーもスターリンも、毛沢東も使っていたと言われています」
という爆弾発言を倉橋は言った。
「そんなものを使えば、私も独裁者になってしまうではないか?」
「いいえ、大丈夫です。我々補佐役も同じようにお香の効果に甘んじるんです。そうすることで、かつての独裁者が犯してきた間違いをしなくて済むんです。皆結果だけを見て、独裁者が悪いなどと言っているけど、そんなバカなことはないんです。すべてを覚醒させるから、おかしくなるのであって。すべてを覚醒させるということは、不安も覚醒させることになって、それが結局、本当の独裁者を産むことになる。その不安が、ホロコーストや大粛清を産むわけですからね。自分のことだけしか考えない。それが独裁者なんでしょうね」
というのだった。
匂いがつよくなって、どんどん意識が朦朧としてくる。
「これは、本当のことなのか? それとも夢の世界のことなのか?」
そのまま、梶原は、深い眠りに就いていった。
目が覚めたその世界は、自分の知っているはずの世界ではなくなっていたのだった。
( 完 )
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