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真実の中の事実

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「君は、もう少しで、目の前にある防波堤から飛び込もうとしているところだったのを、自分で止めることができると思っているんだよ。その光景が見えるようなんだけど、その防波堤というのが、その場所にいるだけで、飛び込みたくなるようなそんな場所でね。考古学をしていて、時々、理屈では解釈できないものがあるだろう。そういうものが、潜んでいるそんなところさ。そこでは、とにかく、飛び込みたくなる衝動、それを抑えることが大変だと思うんだよ」
 と、教授が言った。
 それを聞いて、胸の鼓動が激しくなるのを感じた。
「はい、確かに私が知っている場所で、そんな場所があったのを覚えています」
 というと、
「その場所で飛び込まなかったのは、君が将来において、まだまだこれからだという意識があったからだと思うんだ。そして、運命的な出会いをその後したんじゃないかい?」
 と、先生はまるで見ていたかのように話す。
 それを聞いて、ビックリしている佐伯に対し、
「まあ、そう驚くことはない。私のところにそうやってくる人は、実は君が最初ではないからね」
 というではないか?
「えっ? 他に誰か来た人がいたんですか?」
「ああ、一人いたんだよ。その人も、悩みに悩んでここに来たんだけどね。私が、その人を保護する形になってね」
「そうだったんですね」
「その人は、残念ながら、もうこの世の人ではなくなったのだが、こういうことというのは、繰り返されると思うんだ。助けた人間は、また誰かを助けることになったり、助けられたりした人間は、今度は誰かを助けるというね。だから、いずれ今度は君がその人を助けてあげればいい。きっと君ならできるはずだからね」
「ありがとうございます。やはり、それは、相手の気持ちが分かるようになるからということでしょうか?」
 と聞くと、
「まあ、それは大きいだろうね。でも、連鎖というのは巡るものなのだよ。それがその人の因縁となって、さらには因果となる。言葉の意味はいいことも含んでいるのに、悪い方にしかほとんど使われることのない、因果応報という言葉をずっと意識し続けていればいい」
 と、先生は言った。
「どういうことですか?」
 と聞いてみると。
「君が、自分でどうして歴史や考古学を勉強し、研究しているのかって考えたことがあるかい? 答えはそこにあるのさ。生まれ変わりだとか、タイムスリップだとか、時間の概念など、心理学や物理学だったり、歴史というのは、一つではないんだ。それぞれに、関りがあるからね。だけど、事実は一つだろう? ほら、よく、真実は必ず一つだとか言っているのを聞くけど、あれは半分正しいけど、半分間違っているんだ」
 と、先生は一瞬、そこで言葉を切った。
「難しいですね」
 と聞くと、
「要するにだ。必ず一つというのは、真実ではなく、事実なんだよ。確かに真実も一つの場合もあるかも知れない。だが、それはそう見えるだけで、本当はたくさんあるのさ。たくさんある中の一つを生きているに過ぎない。パラレルワールドの発想だね。ただ、これは、マルチバース理論などとも絡んでくるから、時間と空間の微妙な関係に関わってくる。そこで生まれたのが四次元思想だろう? これは、逆に、今の三次元だけでは説明できないことが出てきた時、その解釈として生まれたものではないかと思う。しかし。火のない所に煙は立たぬというだろう? だから、事実とは別の真実という理論が生まれた。事実だけでは説明できないことがあるということさ。そういう意味で考えると、事実が、この見えている世界であって、真実は異次元ではないかともいえると思うんだ。だから、我々は事実を勉強し、研究する。真実に辿り着くようにね。これが物理学の部門では、パラドックスとして、矛盾が出てきたりもするだろうが、そのパラドックスを起こさないようにするために、我々には入り込んではいけない領域もある。それは、真実にしてもそうなんだ。理屈では決して図り知ることのできない事実、それがマルチに広がる真実なのではないかと思えば、そのうちに、死という概念も解明できる時代がやってくるのではないかと思う。その礎に我々がなれればいいと思って私は、歴史を常に勉強し、研究を惜しまないんだよ」
 と教授はいうのだった。
「なるほど、素晴らしい発想ですね」
 と教授の話が頭から離れないまま、佐伯は研究を続けた。
 そして、佐伯が考えているのは、
「きっと、そのうちに、俺は運命的な出会いをするかも知れないな」
 という思いであった。
 佐伯は、ずっと独身だった。
 結婚しようと思えば、できないわけではなかったが、本人の意思で結婚をしなかったのだ。
 人間は、
「この時」
 というタイミングがあるものだ。
 それは、人生の中で一度ではなく幾度もあるだろう。実際に、結婚したいと思う相手がいなかったわけではないし、その気になったこともあった。だが、その人は運命の人ではなかったのだろう。あの時の和代との出会いのようなものは、二度と現れなかった。
「和代との間のことは、事実ではあったのだろうが、真実だったのだろうか? やりようによっては、別の事実を導き出すことができたのではないだろうか?」
 と考えることもあった。
 だが、あのまま結婚していて得られるものは、平凡な幸せだっただろう。きっと自分が望んだことだろうし、後悔もしなかったと思う。
 しかし、こうやって、新たな人生を歩み、今まで見たことのない人生を歩んできて、それでいて、
「これが夢に見た人生なのか?」
 と思うほど、違和感が一切なかった。
 きっと、夢に見ていたのかも知れない。
「これが俺にとっての真実だ」
 と思えてきた。
 それでも、和代との時間は夢のようであり、逆に思い出そうとすると鮮明に思い出せる分、
「やはり、真実ではなかったんだ」
 と感じるほどだった。
 そろそろ、准教授になって5年が経とうとしている時、佐伯の講義に一人の女の子が参加してきた。
「これが運命の出会い」
 相手もそう感じたのかも知れない。
 ショートカットが似合う彼女の笑顔は、きれいな肌にえくぼが目立つほどだった。それでいて、凛々しさを感じるが、その思いが、
「かわいらしさの中にある、凛々しさというものを感じたのを思い出した。それは、彼女の目力の強さを感じたからだと思うと、妙に納得がいくのだった。確かに凛々しさがある中で、どこか滑稽な動きを示していたのが不思議だったのだが、それが、目力によるものだと思えば、納得がいくものである」
 という感覚を思い出した。
 それは事実を中心に考えた時に見つけた真実ではないかと思うのだった……。

                 (  完  )
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作品名:真実の中の事実 作家名:森本晃次