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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 わたしは微かな後悔と共に、耳の上へ被さる髪に触れた。あの時期は斜に構えすぎて、ほとんどに真横になっているぐらいだった。『普通にバイトでいけねーわ』が世界で一番かっこいいフレーズだったのだ。
『ヤバかったんだ?』
 わたしは電車から降りながら返信を送り、コンビニで酔い覚ましの栄養ドリンクを買った。改札を出たところで返信が来た。
『冬美は式だけ出て帰ったんだけど。細川先生っていたじゃん。式の後で囲む会みたいになって。なんかめっちゃ懐かしくなって、ロイヤルをひとりで見に行ったんだ』
『夜? あぶねー』
『夕方だったよ。なんか入口にバンが停まっててさ。あ、これは解体されるのかなって思ったんだ』
 解体業者のバン。わたしはついさっき聞いたばかりの話を思い出した。
『よく見たらバンの真横に冬美が屈みこんでた。なんかその感じが、すごく怖くて。あの子、何か考えてるときって周りが全く見えなくなるじゃない』
 帰り道にタイヤがパンクして電柱に激突し、四人とも亡くなった。冬美のお父さんは、成人した年だと言っていた。わたしはいつの間にか歩くのを忘れていたことに気づいて、再び足を動かした。
『冬美とは話した?』
『そこでは声かけてないよ。でも式の前で再会したときは盛り上がった。普通のときはいい子なんだよね』
 わたしは、冷房の風に思わず首をすくめた。何かがおかしい。
 冬美は秋奈に対して、相当怒っているはずだ。なのに、成人式の日に普通に話せるとは思えない。これ以上家の外で続ける気にはなれず、わたしは早足で家まで帰ると玄関の鍵を閉めてから返信を送った。
『解体業者の車が事故に遭ったって噂、見たことあるよね? あれ本当で、四人が亡くなってるんだ。ちょうど成人式の年だよ』
 駅を出てからずっと怖さで体が麻痺したみたいになっているのに、手は勝手にカメラバッグを引き寄せて、バッテリーを充電器へ差し込んでいる。職業病。いや、仕事のせいにはできない。これは変えられない性質で、わたし自身の問題だ。だから冬美と気が合ったんだけど。どうしても相容れない違いがある。わたしは画面を通して見ているだけで満足するけど、冬美は違う。あの子はなんだって、自分で作ろうとする。おそらく、それが人の死に繋がるとしても。
『縁切れになって、正解だったのかも』
 わたしはアキナに追加でメッセージを送って、ランちゃんが送ってきた書き出しの部分に目を通し始めた。
   
 月曜日の朝。黒髪のまま出勤したランちゃんは、昨日チェックした書き出しの部分を眺めながら続きを考えている。昨日送ってきた部分に数行が足されていて、掴みの部分はほぼ終わりかけていた。
『仲良し三人組が見つけた廃ホテル。そこは、入ったら出られないという、曰く付きの物件でした』
 一緒に画面を眺めていたわたしは、時計をちらりと見てからランちゃんの背中をぽんと叩いて、立ち上がった。
「じゃ、行ってくる」
「はい、ご安全に」
 そう言うと、ランちゃんは口角を上げて小さくうなずいた。わたしはカメラバッグと三脚が要るから車移動で、社用車のスパシオを取りに来るだけの目的で会社に顔を出した。まずは月島不動産へ出向いて、内田ロイヤルホテルの鍵を借りる。そしてそのまま現地の写真を撮って、夕方には戦利品と共に戻ってくる予定だ。ランちゃんも本気モードだから、終電までかかるかもしれないけど、ほとんど完成品に近いものができるはず。わたしはスパシオの鍵をフックから外すと、言った。
「編集長、スパシさん夕方まで使います」
「あーい」
 編集長が手を挙げて応じ、わたしは駐車場に下りた。スパシオにカメラバッグと三脚を荷室に詰め込んで、まずは月島不動産へ。約束の時間は朝の十一時なのに、十五分早く着いてしまった。普段なら時間ぴったりを狙うのに、やはり今日は少し違う。はやる気持ちを抑えながら駐車場で待っている間、四人が亡くなった事故に冬美が関わっている可能性があるという事実を、頭から消さないように努力した。アキナからは夜中に『結果的に正解だったね』と返信が来ていて、会話の熱は冷めたままだ。今から再開しようという気にもならないし、仕事に頭が切り替わっている。解体業者の噂が本当なら、赤いワンピースの女やその他諸々の噂だって、完全にでたらめとは言えない。調べれば調べるほど、何かが出てくる。少なくとも今は、そんな予感がしている。
 十一時になる五分前に車から飛び出し、わたしは月島不動産の中へ入った。スーツを着込んだ冬美のお父さんが笑顔で会釈し、お母さんが手招きした。わたしは物品借用書を取り出して、社員通用口の鍵を受け取った。深々と頭を下げて立ち去ろうとしたとき、お母さんが慌てた様子で空きテーブルの上を指差した。角が丸まった小さな段ボール箱が置かれている。
「明日夏ちゃん。記事の足しになるかもしれないから、よかったら持っていって」
 中身が分からずわたしが固まっていると、お母さんは笑った。
「ホテルが経営してた当時の写真とか、そういうのよ。冬美の写真も入ってるから、参考にして」
「ありがとうございます、お借りします」
 段ボール箱を受け取り、わたしはスパシオに戻った。この段ボール箱を持ったまま現地に向かってしまうと、ランちゃんは中身を全く参考にできない。腕時計で時間を確認したわたしは、編集部に向かってスパシオを走らせた。ちょうど休憩時間で谷口さんがお弁当を食べている以外は誰もおらず、わたしはランちゃんの机の上に段ボール箱を置いた。
『冬美のお母さんから、色々と借りてきたよ』
 付箋に書置きを残して、逃げるようにスパシオへ戻った。解体業者の死亡事故に冬美が関わっているかもしれない件は、結局ランちゃんには言っていない。もしそんなことを言ってしまったら、ランちゃんは記事を書くのをやめて警察に通報するだろうから。わたしとアキナは何もしていないけれど、この件は『島トリオ』全員が共犯関係にある気がして、どうしても第三者の目線で見ることができない。
作品名:Suffix 作家名:オオサカタロウ