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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 ランちゃんがタコを丸飲みして喉に詰めそうになり、ハイボールで無理やり流し込んだ。わたしが消去法で秋奈のことを思い浮かべたとき、お母さんは言った。
「言ってたのよ。絶対、秋奈がやったんだって」
「何をですか?」
 おそらく、お母さんは答えを知らない。でもわたしは今、はっきりと理解した。
 講堂の鍵を閉めたのは、秋奈だ。
「わたし……、最悪だ」
 そう言ったとき、瞬きと一緒に涙がテーブルの上へ落ちた。しまったと思って真顔に戻ろうとしても顔が言うことを聞かず、どうやって顔を上げようかと思ったとき、ランちゃんがわたしの背中をばしんと叩いて言った。
「先輩、バッド入っちゃったなあ?」
 お母さんがランちゃんの言い回しに吹き出して、お父さんもつられて笑った。
「そんなこともあったな」
「まあ、明日夏ちゃんのことは悪く思ってないわよ。年頃なんだから喧嘩もあるって」
 お母さんがそう言って、ランちゃんはテーブルの陰でわたしの左手に右手を重ねると、小声で言った。
「自分、もうちょっと聞きたいことがあるんですけど。いいすか?」
 わたしはうなずいた。感情をどうにか引っ込めて顔を上げると、ランちゃんが場を仕切り直すように両手をパッと開いて、言った。
「内田ロイヤルホテルの話なんですけど、もう少し伺いたいことがありまして」
 二人が救われたような表情を浮かべていることから考えると、冬美の件はそれなりに地雷なんだろう。わたしはランちゃんのペースに任せて、ビールをひと口飲んだ。ランちゃんは営業用の口調で言った。
「元々が不真面目な雑誌で恐縮なんですけど、なんでも面白おかしく書くのはNGだと思ってまして、事実とフィクションを分けたいんです。特に現実味がある噂だと解体業者の方が事故に遭ったというのがありますが、これは事実なんでしょうか?」
 お父さんが不動産屋の顔に戻って、神妙な顔でうなずいた。
「冬美の成人式の年だったから、五年前かな。ちょうど補助金が出るタイミングだったから下見をお願いしてね。でも、その帰り道で車のタイヤがパンクしたんだ」
 お母さんが補足するように言った。
「かわいそうに、四人とも亡くなったわ。車が電柱に巻き付いたみたいになって。それからは、他の業者も怖がっちゃってねえ」
 わたしはランちゃんと顔を見合わせた。『事故に遭ったらしい』なんて生易しいものじゃない。四人が死んでいる。ランちゃんはノートにペンを走らせながら、神妙な表情で呟いた。
「それは、記事から省きます。他にもあれば、教えていただけますか?」
 再び凍りかけた空気を溶かして、ランちゃんは一時間近く情報を聞き出した。結局、死人が出るほどの大事故は解体業者の一件だけで、月島夫妻と解散して駅に着いてから、ランちゃんはわたしの肘をつついた。
「先輩、私どーでした?」
「もう満点。パーフェクトだよ」
「やった。あの、聞いてもいいなら……」
 わたしはランちゃんがそれ以上言う前に、自分から話し出した。夏冬コンビから島トリオになって、今のいびつな夏秋コンビになるまでの話を全て。ランちゃんは駅で電車を待ちながら、首を傾げた。
「秋奈さんは、なんでそんなことしたんでしょう」
 当時の空気を知らないランちゃんから質問されたことで、記憶の中に新しい風が吹いた。あのとき秋奈は、『うまくいかないもんだなあ』と言っていた。ずっと、わたしと椎野くんの関係のことだと思っていたけど、あれは自分のやった小細工のことを言っていたのかもしれない。
「いいように解釈すると、秋奈はわたしと彼氏の関係が続いてほしかったのかも。そのためには島トリオから抜けたほうがいいって、思ったのかもね」
 冬美がわたしを怖がらせるために『内田ロイヤルホテル』のオーナーが自分の親だと言わなかったみたいに、秋奈はわたしを彼氏との関係に専念させるために、冬美を悪者にしようとしたのかも。だとしたら、わたしが彼氏と別れて島トリオも解散となったんだから、秋奈からすれば完全に失敗だったことになる。
「ランちゃんって、見守るだけじゃ気が済まないタイプ?」
「私ですか? ごっちゃごちゃに手え出すタイプですねー」
「この会話の流れでそれが言えるのは、強いよ」
 わたしはそう言って、ランちゃんと顔を見合わせて笑った。月曜日に鍵を受け取ったら本番だ。八年ぶりに、内田ロイヤルホテルの中に入る。ランちゃんが最寄り駅で降りてひとりになってから、アキナにメッセージを送った。本当なら冬美の件で文句を言いたいけど、今は仕事が先だ。
『ロイヤルの件、進んできた。記事になったら是非読んで』
『ひょー、もちろん読む、アスカの名前出るよね?』
 アキナのテンションはいつも通り。でも冬美の両親から聞いた話が頭にちらついて、集中できない。わたしは少しだけ回り道したくなって、頭に浮かんでいた返信を考え直した。
『今回、ランちゃんになるかも。前にも話したかな、わたしの後輩なんだけど万能包丁みたいなタイプでさ』
『代わりができるって、優秀なんだな。てか、アスカが誰かを信じて全部任せるって、レアかも』
 アキナがそんな風に思っていたなんて、意外だった。わたしは割と他力本願な性格で、試験前にノートをよく見せてもらっていた。当時の記憶を手繰り寄せながら返信を待っていると、一気に長文が送られてきた。
『ランちゃんは、それから連絡が取れなくなった先輩のことがずっと気にかかっていました。最後の足取りは、取材に向かった廃ホテル。足を踏み入れた彼女は、真っ暗な地下の大宴会場に残されたカメラに気づきます』
 わたしは思わず笑った。何も解決していないどころか、この書き方だと続編がある。
『うまいね。オチってか、続編あり? しかもわたしが行方不明になってんじゃん』
『確かに。勝手に運命決めちゃった』
 制服を着崩したアキナの表情が浮かんだ。いつも、わたしと冬美がマジな顔で怖がっているのを横でニコニコ笑いながら見ていたっけ。
『でも、あり得るかもね。ランちゃんは喘息持ちで入れないから、現地の写真はわたし単独になりそうだし』
 現地の写真を撮るのがわたしで、喘息で入れないランちゃんが文章担当。実際に記事が完成すれば『文章 ラン/写真 古島明日夏』みたいな署名になるだろう。
『おっ、入れるんだ? よかったね、オーナー分かったの?』
 分かったんだよな、それが。冬美の親だった。さっき仕入れたばかりの情報だけど、言わないのも変だし、アキナからしても驚きの新情報のはずだ。わたしは返信を送った。
『それが灯台元暗しで、月島不動産だったの。冬美の両親がやってる会社だった。あの子が我が物顔でガンガン入ってた理由が分かったよ』
 テンポの良かったやり取りがそこで途切れ、数分空けて短い返信が届いた。
『冬美はヤバいよ』
 アキナにも言いたいことがあるのだろう。わたしを引き離すために小細工をしたぐらいなんだから。国際電話でも構わないから、文句を言ってやりたい。でもそれと全く同じぐらいの感情を込めて、どんなことを考えていたのかアキナの本音を聞き出したいのも事実。発信するか悩んでいると、追加でメッセージが届いた。
『アスカは来なかったけど。私、成人式で会ってるんだ』
作品名:Suffix 作家名:オオサカタロウ