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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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『二人とも、就活要らないじゃん。冬美が都市伝説を作って、それを明日夏が追えばいいんだよ。心霊マッチポンプできちゃうじゃん』
 帰り道、秋奈は自分だけが乗り切れなかったみたいな、どこか寂しそうな表情で言っていた。冬美は人を怖がらせることに成功した後はいつもテンションが高くて、銀縁眼鏡をかくかく揺らせながら笑っていた。
『明日夏はライターになるとして、私はどこからお金貰うのよ。都市伝説メーカーなんて仕事ないんだが』
 冬美は茶化していたけど、本当に一円も生まなかったかと言うと、そんなことも無かったと思う。なぜなら、『内田ロイヤルホテル』の都市伝説は現在進行形で生きているから。わたし達が冬休みに書いた落書きがネットの口コミに載ったのは、次の年の夏休みだった。そのころ、ロイヤルは道路の反対側にある厨房の窓から入れるようになっていて、それを目ざとく発見した廃墟マニアが侵入して、メッセージを見つけた。それからは一気に心霊スポットの噂が広がって、『入ったら最後、出られない廃ホテル』という評判が立った。怖いのは理解できる。帰ろうとしても何故か一階には降りられず、真っ暗な地下に案内されるのだから。そして懐中電灯で照らすと、幼い子供のような筆跡で『おまえはまちがえた』と書かれている。冬美の悪筆も手伝って、余計に恐怖感を煽っていたらしい。
 ちなみに、窓から人が入れるようにバリケードを外したのは冬美だった。手に絆創膏を何枚も貼ってプールを休んだ日があって、前日にひとりでロイヤルに行き、目張りのベニヤをハンマーで外していたことが後で分かった。冬美は、真面目そうな風貌からは想像もつかないぐらい、中身は無鉄砲だった。そして冬美の目論見通り、人が入れるようになってからは尾ひれどころか新しい魚まで誕生するぐらいに、噂は広まっていった。例えばオーナーはレストランで人肉を提供していて、それが警察にバレそうになって自殺したとか。直近五年以内のフレッシュな話題だと、下見で立ち入っただけの解体業者が帰り道に事故に遭ったという噂や、四階の部屋の窓から見下ろす真っ赤なワンピース姿を着た女の話。別に普通のワンピースでもいいのだろうけど、心霊や都市伝説を考える人間はどうしても、派手にしたがる。
 自分でも不思議なのは、種明かしを全て理解している二十五歳の大人なのに、今になってそういうことを考えるのが、中学生のころのように楽しくなっているということ。何より仕事内容がど真ん中だし、山道を車で走っていると『乗せてはいけない人間』が歩いていないか、発見したくない一心で側道に目を凝らせてしまう。
『ロイヤルの最後の噂って、赤ワンピだっけ?』
 アキナにメッセージを送ってパジャマに着替えると、わたしは鏡の前に立った。まあなんて特徴のない、普通の二十五歳。困り顔とか小動物系とよく言われるけど、真顔がこんな感じだと困っていなくても誰かが助けてくれるから楽だ。アキナからの返信はすぐ届いていたけど、そのまま開く気にはなれなかった。結局、化粧を落として加湿器の水を入れ替えるまで放置した後、ようやく目を通した。
『うん。開かずの間かな? でも、うちらが行ったときは普通に開いてたよね?』
 アキナは記憶力が抜群で、島トリオの中でも一番勉強ができた。だから、ランちゃんが言っていた『不気味なもの』を辿りたかったら、このやり取りを続けるのが一番早い。自家製のネタを使うのはルール違反な気もするけど、このままだと本当に三メートルの化け物の話で正面突破する羽目になりそうだから、背に腹は代えられない。
 それに、どこかで生活する冬美が記事を読んでくれたらと、期待する気持ちもどこかにある。今、頭の中で秋奈のことをカタカナで呼んでいるように、フユミと呼べるようにもなりたいから。
   
 どうして木曜日の夜に飲みに行ったのか、それを後悔するのは決まって金曜日の朝。ランちゃんは表情を無理やり作っているけど、昨日のアルコールでだいぶダメージを受けている様子だ。それでも家に帰ってからスマートフォンにメモを取っていたらしく、今はそれを仕事用のパソコンに転送して、使えるかどうか吟味している。午後から『取材』の予定を登録したわたしは、ランちゃんの肩をぽんと叩いた。
「わたしの地元ネタだけど、有名なホテルの廃墟があるよ」
「廃ホテルっすか、二三七号室に双子出てきます?」
「双子はいないよ。てか、映画だと双子は廊下に立ってるんじゃなかった?」
 わたしが言うと、ランちゃんはメモを閉じながら笑った。もう外出する準備を整えていて、わたしはこの素直さが好きだ。虫よけスプレーを煙草みたいに指の間に挟んだランちゃんは、言った。
「キャップあったほうがいいですか?」
「この暑さだからね」
 窓の外を見ながらわたしが言うと、スケジュールに『取材同行』と登録したランちゃんは、指をぽきぽきと鳴らした。わたしは時計を見上げた。午前十一時。今から出て、昼ご飯を食べたらちょうど午後一時になっているぐらい。
「外出しまーす」
 編集長の席に向かって言うと、返事の代わりにデスクへ乗せられた足の指が微かに動いた。わたしはランちゃんの手を引いて、谷口さんの冷ややかな視線を避けながら事務所から出ると、すぐエレベーターに乗り込んだ。ランちゃんがひと息ついたのを見て、わたしは肘で体を軽くつついた。
「谷やんはね、ランちゃんのことが羨ましいんだよ」
「どこにそんな要素が……。ボンボンの末っ子で、大学中退ですよ」
 ランちゃんの自己分析はいつも辛辣だ。でも、自分をはっきり受け入れているから、その立ち姿は堂々としているし、それが谷口さんを苛つかせるんだろう。向こうは有名大卒で就職浪人をした末にここへ入っているから、現状を何も受け入れられていない。
「まあ、羨む立場より全然いいって」
 電車に乗ってわたしの地元まで移動する間、ランちゃんを怖がらせるために、内田ロイヤルホテルについて色々と話した。話している内にわたし自身の昔話にもなり、自然と月島冬美や照島秋奈の名前も登場した。
「すげー、三人とも苗字に島入ってて、下の名前が夏秋冬だ。運命感じちゃいますね」
 心霊系全般に耐性のあるランちゃんは全く怖がることなく、子供のように足をばたつかせながら目を輝かせただけだった。
「つーか、全員出しちゃいません? 名前は変えるけど、学生時代のトリオが十年ぶりに怪奇現象に遭うみたいな感じで」
 ランちゃんは話しながらずっとスマートフォンにメモを取り続けていて、手元で動き続ける指先だけが別の生き物みたいだった。お昼は地元で有名な定食屋さんに案内して、通学ルートや『島トリオ』のたむろスポットを紹介した。
「さて、ランちゃんよ」
 郊外の一本道から逸れるつづら折りの道を上がりながら、わたしは汗だくになった額を一度拭った。
「なんか、邪悪な空気を感じないかい?」
 白のキャップを被ったランちゃんは首を傾げながらもうなずいた。
「ビンッビンきますね」
「嘘くせー」
 わたしは笑いながら、最後の曲がり角を回り込んで、巨大な廃ホテルを指差した。
「あれだよ」
作品名:Suffix 作家名:オオサカタロウ