Shiv
私はシグ716のサーマルカメラが機能するか試しながら、言った。
「早い者勝ちだよ。三人とも、ちょっといいかな?」
私はマークXのボンネットに地図を広げて、手書きされた現地の座標を指差した。
「岡部さん、座標を先に入れといて。北側と南側で進入路は四キロ離れてるから、二人の方が遠いでしょ。だから、先に出てほしい」
岡部の弟が座標をスマートフォンに控えて、地図上に書き込まれた北側の入口を見つめた。
「五人か、おれたちで全員殺しちゃったらごめんな」
ウィルコックスのナイトビジョンを小脇に抱えて、二人は双子らしく同じタイミングで笑った。無線のチャンネルを合わせてお互いの声が届くことを確認してから、私はまだ話し足りないような二人の背中を押した。
「さっさと行って」
カローラフィールダーが出て行き、私はマークXの運転席に座った。最後に咲丘が助手席に乗り込んで、少しだけ震える声で言った。
「よろしくお願いします」
私は返事の代わりにマークXをゆっくり発進させた。スロープを上がる寸前、ビニールシートが静かに閉められるのがバックミラーに映った。カラスは目を合わせることもなく、飴玉を転がしながらスマートフォンで動画を見ていた。身の守り方としては、完全に正しい。変に話を耳に入れてしまうと、そこから変な関係性が生まれて自分の立場も危うくなるからだ。私は、常に飄々として自分の立ち位置を守るカラスのやり方が好きだった。
高速道路に入るのと同時にスピードを上げて、追い越し車線の流れに乗ると、咲丘が無理やり笑った。
「岡部兄弟を追い越しちゃいますよ」
「大丈夫だよ」
私は短く答えると、オーディオのスイッチを入れた。一曲目にコニーフランシスのボーイハントが流れるようにしたのは、おそらくカラスだろう。アザミしか聴かないような古い曲をわざわざ入れるのは、『身の危険が迫っているよ』というささやかな警告だ。
こうやって運転していて気にかかるのは、カワラが作り上げた『少数精鋭の組織』が、どういう働き方をする人たちなのかということ。カワラ自身が努力家で、どんなことでもできる人だった。同じことを求められるのか、特化された才能を持つ人間が集まっているのか。もし狙撃手のポジションが空いているなら、面接までこぎつけたいと心から思う。頭の中に閉じ込めておくなんて、到底無理なことだった。私は『夫妻』の片割れだったのだから。それに、あの『へのへのもへじ』が私を見つけるための署名だったとしたら、光栄なことだ。実際、私はこうやって、後を追う人間に選ばれている。
時速百五十キロに達したとき、ドアグリップを掴んだ咲丘が瞬きを繰り返しながら呟いた。
「速いですね。大丈夫ですか」
私はうなずいただけで、何も言わなかった。三十分ぐらい無言で車を追い越し続けた後、元の車線に戻って出口を降りた。山道に入ってヘッドライトをハイビームに切り替えると、再びアクセルを深く踏み込んだ。残像のように通り過ぎるガードレールを眺めていた咲丘は、言った。
「これ、方角は北ですよね?」
「リフト乗り場の看板があるから、そこが目印だよ。遠くに見えるでしょ」
私はそう言うと、直線の最後にある看板を指差した。咲丘はうなずくと、クリアファイルの中身を広げた。ルームランプをつけずに地図へ目を凝らせているのを見ていると、正直気の毒に思う。残念ながら、どれだけ速度を上げたとしても、岡部兄弟を追い越す心配はしなくていい。
なぜなら、この進路上に岡部兄弟はいないから。私はリフト乗り場の看板を左に折れて、三百メートル走ったところで車体を反転させるのと同時にヘッドライトを消した。運転席から降りてトランクを開けたところで、助手席から降りてきた咲丘が地図を指差しながら言った。
「これは北側です。私たちは南側に行かないと」
私はシグ716をトランクから取り出すと、銃口を咲丘に向けた。
「ごめんね」
同時に無線が鳴って、岡部の兄のざらついた声が届いた。
『スキー場なんかないぞ、空き地だ』
咲丘の右手が動きかけたことに気づいて、私は無線のボタンを押しながら言った。
「岡部さん、よく聞いて。ツグミの地図を書き換えたのは私」
ボタンを離すと、私は咲丘に言った。
「もう分かったよね? ホテルに戻って」
咲丘は右手から緊張を解くことなく、マークXのマフラーから昇る排気ガスを避けながら言った。
「私が戻ったら、先輩はどうやってここから帰るんですか?」
「帰らない」
私が答えると、咲丘は小さくため息をついた。それがどれだけ自分の立場を危うくするか、理解しているのだろう。ため息に愛想笑いで応じると、私は言った。
「仕事は終わらせるから、安心して」
「まさか、ひとりで殺すつもりですか」
「これは私の事情だからね。他の人は巻き込めないよ」
私はそう言うと、咲丘を追い立てるようにシグ716の銃口を小さく揺すった。
「アザミにメモを残してあるから、安心して。早くしないと本当に撃つよ」
咲丘がマークXの運転席に乗り込んで立ち去るまで、私は銃口を向け続けた。そのシルエットが消えたことを確認してから無線のスイッチを切り、山道を歩き始めた。
ヒバリに託したメモには『今回の件は、私が一人で始末をつけます』と書いておいた。アザミとサクラは、私を泳がせていたのだろう。親しい人間、便宜を図ってくれる人間、逃げ道が無数にある中で私が何を選ぶか。
何も選ばないとは、思わなかったのだろうか。
ツグミが地図に落とした通り、北側は遊歩道と建物の三階を結ぶ通路があって、それが森から入れる唯一のルートだった。私はシグ716のサーマルカメラで、ホテル全体を見渡した。二階に三人がいて、屋上にひとり。もうひとりはカメラの範囲外だけど、薄っすら見える像から判断すると一階の奥。
私は通路を静かに歩き、建物の中へ入ってから三人がいる方とは逆の階段で、屋上まで上がった。給水塔の近くで、ひとりが入口の方を監視している。静かに近づきながら、考えた。屋上で音を鳴らせば、他の四人はここから出るか、屋上に自分から上がって私を殺す以外、対処する手段を選べなくなる。
ひとりで決められるのは、本当に気楽だ。私は澄んだ空気を吸い込むと、星があちこちに顔を出す夜空を見上げた。シグ716の安全装置を解除すると、伏せて入口を見つめている男の真後ろまで来て、その頭がぐるりと回ってこちらを向くのと同時に言った。
「こんばんは」