Shiv
岡部兄弟は四人掛けのテーブル席に動き、私たちが腰掛けたところで立石がカウンターから岡部兄弟の飲み物を持って来て、新しいコースターの上に置いた。私と咲丘がアイスココアを注文して立石がカウンターの後ろへ戻ったところで、岡部の弟が言った。
「なんか討伐部隊作るらしいじゃん、これで全員か。咲丘さんもこっち?」
質問の後にすぐ、引き金を引く仕草が続いた。咲丘が残念そうにうなずくのを見ながら、岡部の兄が笑った。
「まあ、ゲンチョーは倍率高いからね。いつまでもってわけにはいかんよ」
その会話を引き継ぐ人間はいなくて、先にアイスココアが運ばれてきた。いつもなら雑談が弾むところだけど、誰も仕事の全容を知らないから、そんな空気には到底ならなかった。駐車場に出たところで、私は岡部兄弟に言った。
「私の車でホテルに戻るから、後ろに乗って」
二人は一度だけ顔を見合わせたけど、素直にステージアの後部座席に乗った。助手席が咲丘で運転が私なのは、行きと同じ。山道を下りている途中、私はステージアの車体を大きく振った。左フロントがガードレールにめり込んで車体が跳ね上がり、咲丘が悲鳴を上げた。岡部の兄が後部座席から言った。
「なんかいたのか? 思い切りぶつかったぞ」
「見えた気がしたけど、気のせいかな」
私は小刻みに振動し始めたハンドルを手で支えながら、言った。咲丘は胸を手で押さえて深呼吸をすると、私の顔を見て言った。
「びっくりしました。これ、そのまま返せないですね」
「車回しで降ろすから、先にツグミのところへ行って話を聞いといて。私は後で個別で行くって、言っといてほしい」
「承知しました」
咲丘がうなずき、私はハンドルに力を込めながらアクセルを踏み込んだ。沖浜グランドホテルの看板が見えて、車回しで三人を降ろした後、ステージアを地下駐車場へ入れた。ビニールシートが少しずらされ、カラスは中から様子を窺うのと同時に入口を開いた。私はステージアを所定の位置まで移動させると運転席から降りて、カラスがビニールシートを閉めているのを確認してから、薄暗い作業場に停められたシビックに視線を走らせた。カラスが戻ってくる寸前で視線を戻して、ステージアの左前に回り込みながら言った。
「当てちゃった」
「えー、珍しい。怪我ないっすか?」
カラスは新しい飴玉の封を切りながら言った。私はうなずくと、すぐにその場を立ち去って業務用エレベーターで一階へ上がった。一瞬だったけど、目に刻むだけの時間はあった。シビックの運転席は大きく開けられていて、内装が外されていた。そして、アルミ製の皿には粉々になったガラス片が並べられていて、血もついていた。これで結論は出ただろう。内張りの隙間から出てきたガラス片に血がついていたのは、そこに絵が描かれていたからだ。その窓を割ったのは、消去法だと私しかいない。ここまで判明したなら、この『お返し』が終わった後で、確実に私の頭にも弾が飛んでくる。
私はツグミのところへ行き、他に誰もいないことを確認してから顔を出した。
「別々になってごめん。三人は終わった?」
「はい、先ほど」
ツグミは開きっぱなしになったキャリーケースに視線を落とし、棚に立てかけられた銃を指差した。
「岡部兄弟はレミントンR5を使ってもらいます。二人が現場で標的を追い立てるので、春川さんはシグ716で殺してください。咲丘さんが背中を守るので、そちらのUMPを持たせるようお願いします」
言い終えると、ツグミは机の上で地図を滑らせた。スキー場の廃墟。そこには詳細なメモが書かれていて、どこから狙撃が可能かまで詳細に印をつけてある。
「車はマークXとカローラフィールダーの二台でお願いします。連絡は無線機で」
私はうなずいた。シグ716にはEOTECH製のサーマルカメラとホロサイトに、ブースターが載っている。おそらくキャリーケースの中身がこれで、ツグミが組み立てたのだろう。ツグミは地図や資料をまとめてクリアファイルに入れると、私に差し出した。
「リーダーをお願いします。他の三人には伝えていますが、午前一時に地下駐車場に集まってください」
ツグミが作った資料はリーダーが厳重に管理しなければならない。複写もできないし、改変などもってのほかだ。私はそれを受け取ると、八〇七号室へ戻った。資料を一枚ずつ確認していくと、スキー場の廃墟に出入りする人間を捉えた写真が出てきて、ツグミが『総勢五人』と書き込んでいた。次の写真は標的で、私は小さく息をついた。カワラだ。最後に顔を見てから四年が経つけど、あまり変わっていなかった。私は記念日に貰ったペンダントを首から外すと、テーブルの上に置いた。今晩その顔を見ることになるのなら、形見のようにつけてきたこれも、もう必要ない。
仕事の全容は想像していた通りだった。カワラを殺すのが私で、ガラスを割ることでかつての恋人を庇った私を殺すのは、咲丘だ。この流れは、私が一人前になったときも同じだった。双葉が『卒検』と呼んだ殺しは、流れ弾で民間人を殺したモズの始末。まずは、二人で一緒に仕事をしろ。疑い深い性格だから気をつけろ。二人きりになったら、引き金を引け。私は全部、その通りにした。だから、よほどの事情がない限りは、咲丘も同じようにできなければならない。
デスクランプを点けて、私はツグミが作った地図を見つめた。マーカーが引かれた地形図はいつも通りで、赤色が標的に辿り着くためのルート、青色が逃走用。黄色は工事現場や交通規制。私の持ち場は南側の森で、建物も南側は大きな窓が多い。岡部兄弟は反対の北側から追い立てる。サーマルカメラ越しに建物を見つめる私の背後を守るのが、咲丘。
最後に咲丘が私の頭を撃たなければならない以外は、いつも通りの『仕事』。
時間は午後六時、まだまだ時間がある。部屋がノックされて私がドアを開けると、綺麗に畳まれたタオルと一緒に夜間行動用の服が一式置かれたところだった。荷物を置いて手ぶらになったクジャクは私の顔をじっと見つめると、口角を上げた。
「ご安全に」
結局こうなるのなら、カワラと一緒に仕事を続けていればよかった。海外に出ることを決めて、駅なり空港なりで足止めを食らい、そこで二人とも殺される。その方がシンプルだし、こんな風に余計なことを考えなくてもいい。私は、ツグミの部屋から拝借したまっさらな地図を引き出しから取り出して、机の上に広げた。その丁寧な筆跡は独特で、真似るのは難しい。
午前一時になる十分前、光を跳ね返さない服に着替えてロビーに下りると、私はヒバリにメモを渡した。
「アザミにお願い。二時間後に渡して」
返事を待つことなく業務用エレベーターで地下駐車場に下りると、同じ格好をした咲丘がすでにいて、マークXに荷物を移しているところだった。
「早いね」
私が言うと、跳ねるように振り返った咲丘は愛想笑いを浮かべた。その凍り付いた表情から想像すると、自分の仕事が私を殺すことだと聞かされたのだろう。手伝っていると、岡部兄弟が談笑しながら下りてきて、岡部の兄が自分たちに残されたカローラフィールダーを見ながら笑った。
「おい、速い車を取られちまったぞ」