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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Shiv

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 机の上には、空撮映像と広域図が一枚ずつ。山の中に遺るスキー場の廃墟を写したものだ。綺麗なタイヤの痕が数本残っているから、汚い外観はともかくとして誰かが使っている施設なのだろう。私は同じエリアの広域図を散らかった棚から一枚抜くと、丸めてスーツの内側に隠した。どこからも飛んできていないはずの視線を律儀に感じながら部屋まで戻るなり、引き出しに地図を仕舞いこんだ。シャワーを終えてバスローブに着替えても、体の芯で何かが軋んでいるような感覚は消えなかった。『仕事』を終えてホテルにやってきたモズは、特段の事情がなければ二泊することになっている。一般人に混ざって施設を使ってもいいし、外出も可能だ。でも、私はモズを二泊させる本当の目的を知っている。それは、仕事に落ち度があったときに部屋で殺すためだ。でも、慣れてくるとどこかで、それを望むようになる。銃で撃ち合ったり車を武器代わりにして人を殺したりしていると、眠りに落ちるまでの頭の中は台風が吹き荒れているみたいになるから、起こすことなく静かにそれを終わらせてくれるのなら、それは結構ありがたいことだ。

 朝七時に一度起きて『起こさないでください』と書かれた札をドアの外に貼り、そこからまた数時間眠った。同僚が死んだ日にこれだけ眠れるのは、自分でも図太いと思う。十四時になるころにはいよいよ眠れなくなっていて、私はロビーに下りた。喫茶店に入るか迷っていると、パンプスをこつこつと鳴らしながら歩く足音がフロントで止まり、私は思わず目を向けた。
「まい?」
 私が思わず名前を呼ぶと、咲丘は口角を上げて微笑んだ。ワインレッドのキャリーバッグを引いていてスーツ姿だから、出張中に見える。
「先輩、お久しぶりです」
 周りからは、仕事上の付き合いのように見えるだろう。咲丘はチェックインを済ませると、キャリーバッグをころころと引きながら私の方へやってきて、言った。
「コーヒーどうですか?」
「うん、飲もう。荷物は置かなくていいの?」
 私が訊くと、咲丘は明るい表情を打ち消して、呟いた。
「これ、ツグミさん宛ての荷物なんです。いつものは使わないって」
 咲丘が器用にウィンクし、私は意味を理解した。キャリーバッグの中にはおそらく、分解された銃が入っている。いつもの業者を使わなかったのは、『お返し』のタイミングが近いから。できるだけ普段とは違うルートで調達しているのだろう。在庫にない銃だとしたらおそらく、射程が長い大口径のライフル。私は咲丘と並んで食堂までの通路を歩きながら、言った。
「アザミとは話した?」
「これからです。岡部さんにも声かかってるぽいですよ」
「まいだけじゃなくて、岡部兄弟も? 大所帯だね」
 食堂ではカラスとツグミが遅い昼ご飯を食べていて、それ以外は無人だった。私たちが少し離れた席に陣取ってコーヒーが運ばれてきたとき、どこからともなくサクラがやってきて、向かい合わせに座った私たちを見ながら言った。
「ちょっと、仕事の話」
「はい」
 私がうなずくと、サクラは咲丘の隣に腰掛けた。視界の隅でツグミが立ち上がり、私の横に座った。胸の悪くなるような香水の匂いは相変わらずで、ツグミは大きく開いた目を私へ向けた。サクラが話すタイミングで余計なことをしないように見張っているようで、その冷たい忠誠心は底知れない。咲丘が心持ち緊張したように小さく喉を鳴らしたとき、サクラは言った。
「お返しの段取りがついたから、今から二人でパールに行って。岡部兄弟がいるから、連れて帰ってきて。車は七七番に停まってるステージアを使って」
 私はうなずいた。サクラを相手にして、うなずく以外の選択肢は浮かばないし、試したいとも思わない。咲丘はキャリーケースを指差して、ツグミに言った。
「これ、そのまま渡して大丈夫ですか?」
「はい。準備しておきますので、パールで岡部さん達を拾ったら、私のところまでお願いします。バラバラでも構いませんので、必ず全員一度は来るように言っておいてくださいね」
 通らない声で静かに言い切ると、ツグミは立ち上がってキャリーケースの取っ手を掴み、引きながら食堂から出て行った。私と咲丘が立ち上がってもサクラは座ったままだったから、おそらくアザミがやってきて話し込むんだろう。咲丘はピリついた雰囲気を察したようで、食堂からロビーに戻る通路を歩きながら私の肘をつついた。
「なんか、ヤバいことになってるんですか?」
「まあ、ヤバいかな。どうやって呼ばれたの?」
「伊山さんが殺されたから、その報復って。でも、私も引き金を引かないといけないんです」
 咲丘は手ぶらなのが心許ないように、両手を胸の前で合わせたり離したりしながら、私の方を向いた。
「私、研修以外で撃ったことないんですよ。基本的にゲンチョーしかしてこなかったんで」
 ゲンチョー、現地調査のことだ。咲丘は捜査の手が伸びないように妨害する仕事を担当していて、例えば防犯カメラが一台映らなくなっていたり、いつも来るはずの迎えが遅れたりすることがあれば、それは全て咲丘の工作によるものだ。そうやって、標的と現実世界の接点を切るお膳立てをする。全容を理解するにはうってつけの仕事だけど、ほとんどのモズはそこから人を殺す仕事に移行するし、私も同じだった。そして、咲丘にも見習いを卒業する段階が来ていて、それはこの『お返し』の場で行われるのだろう。
 フロントで双葉からステージアの鍵を受け取り、エントランスを出る寸前でヒバリとすれ違った。
「いってらっしゃいませ」
 ヒバリが頭を下げ、私は目礼すると七七番に停められたステージアに乗り込んだ。咲丘が助手席に回り込んでいる間に、ポケットを探った。ヒバリは何かメモを入れたはずだ。案の定出てきた二つ折りの紙片を開いて、私は苦笑いを浮かべた。双葉の字。
『行くな。お返しの話は罠だ』
 そんなことは分かりきっている。そもそも、アザミとサクラが私を殺すかどうかの判断をしかねているから、こんな回りくどいことになっている。そして、そこまで分かっているからこそ、私にだって足掻く余地がまだ残されている。喫茶パールまでの山道を走る間、私はほとんど話さず、退屈した咲丘がアリアナグランデをかけても止めなかった。
 パールの駐車場にはシルバーのサニーVZ-Rが一台停まっていて、ようやく話題にありついたみたいに、咲丘が弾んだ声で言った。
「岡部さん来てますね」
 私は隣にステージアを停めて、降りようとする咲丘の手を掴んだ。
「銃はすぐ取れる位置にある?」
「いつものV10があります」
 咲丘は私が手を離すのと同時に上着をめくると、レザーのベルトスライドに入った傷だらけの拳銃を見せた。
「先輩は?」
「丸腰だよ。私が撃たれても撃ち返さなくていいよ」
 喫茶パールの入口はスモーク張りで、中は見えない。もしかしたら、重いガラスドアを開いた先で、岡部兄弟が同じ仕草でこちらに銃を向けているかもしれない。私は息を止めてドアを引いた。カウンターで店主の立石と談笑している背中が二つ見えて、あれだけ決まっていた死の覚悟は息と一緒に抜けていった。岡部の兄が振り返って、手を振った。
「おー、来た来た」
作品名:Shiv 作家名:オオサカタロウ