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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Shiv

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『申し訳ないけど、カワラさんには責任を取ってもらうわ。でもあなたの能力は是非欲しいの。遠距離を撃てる人間は貴重だから。そもそもの話だけど、あなたは海外に出たくないんでしょ?』
 こちらの体温を氷点下まで冷やしたのは、誰にも聞かれていないはずの『脱出プラン』を知られていたということだった。そこで、私はもう逃げられないと確信した。組織の仕組みについて簡単な説明を受けた後、双葉と組んでモズとしての初仕事を終えた。そうやって人生は強制的にねじ曲がり、カワラという名前は頭の隅っこへ押しやられた。それでも、二人で交わした会話の断片が隙を突いては、今やらなければならない仕事を掻き分けて最前列までやってくることは何度もあった。中でも一番強引に前までやってくるのは、最後の仕事の直前に車の中で話したこと。
『あなたが海外に出て、私が中で殺しを続けたとするよね。どうやったらお互い殺し合わずに済むの?』
 カワラはハンドルを握ったまま首をかしげて、答えた。
『おれの殺しって分かるように、へのへのもへじでも描くか』
 今から一時間ほど前。私が待ち合わせ場所に到着したとき、運転席の窓はまだあった。血文字で描かれた『署名』を見るのと同時に、私は窓を粉々に割った。つまり、駅で行方不明になったあの日、カワラは責任を負うことなく逃げ切ったのだ。そして、少数精鋭の組織を率いて帰ってきた。アザミとサクラは、海外からの出戻り組と踏んでいるし、おそらくそれは正しい。
 そして、窓を割ったことでシビックが戻って来る時間を気にしなければならなくなったのは、自分でも本当に馬鹿だと思う。条件反射のように、カワラに火の粉が飛ばないようにしてしまった。この業界に身を置く人間は、過去を振り返れない。郷愁に浸りすぎていると、いざ前へ向き直ったときに銃口と目が合う可能性が高いし、私の場合は特に、過去を綺麗さっぱり捨て去ることがモズになる条件だった。そんな事情もあって、カワラとの記憶は頭の中という誰にも見つからない場所に逃げ込んで、そこで愛嬌を振りまいている。
 今の立場に不満はない。苦手だった近接戦闘の経験も積んだから、組織の中では狙撃もできるモズとして、それなりの地位を得ている。腕利きだった双葉のお墨付きを得ているから一目置かれているし、仕事を続ける中で、双葉以外でも仲間と呼べるぐらいに親しいモズが何人かできた。最も仲がいいのは、一年遅れで入ってきた咲丘まい。彼女は見習いの段階で、現場のチェックをして仕事のお膳立てをしている。二十一歳で、年相応にその話し方は甘ったるい。本格的な『殺し』に移行する過渡期で、そのタイミングは逃れられないぐらいに近くなっている。他には、双子の岡部兄弟。一卵性双生児だからよく似ていて、弟が早口の兄を真似ると、本当に区別がつかなくなる。私は厚かましく仲間と呼んでいるけど、モズにも派閥があるから状況が変わればもちろん敵にもなり得る。一生続くとぼんやり考えていたカワラとの関係が強制的に断たれたように、変化は突然やってくるものだ。
 これだけのことを思い出しても、時計の針はあまり動いていなかった。午前二時半をちょうど過ぎたぐらいで、カラスが何を確認するか見届けるなら、下りるタイミングはまさに今だ。理由は一応用意してあって、ランドクルーザーの中にわざと忘れ物をしている。護身用に持っていたコルトマスタングで、一発も撃たなかったからツグミに返さなければならない。深呼吸をすると、予備のワイシャツとスーツに着替えて、私は部屋から出た。エレベーターで一階まで下りた後、地下一階まで続く業務用のエレベーターに乗り換えて、地下駐車場に舞い戻った。レッカー車のディーゼルエンジンの音が聞こえる。作業場に顔を出すと、シートをかけられたシビックが前輪を吊り上げられた状態で停まっていて、運転手が昇降レバーを操作しているところだった。その後ろにエプロンを外したカラスがいて、私は目が合うなり手を振った。
「忘れ物した。ランクルどこ?」
 カラスが目を丸くしながら細い指で場所を示し、私は小さく頭を下げてから端に寄せられたランドクルーザーに近づいた。私がドアを開けるのと同時に、カラスがシビックのシートを掴んで引っ張り、そこにツグミが加わったのが見えた。普段の手順とは違う。このホテルでは、死んだ『何か』に触るのは、基本的にカラスだけだ。それが人であっても、壊れた車であっても、他の人間が立ち会うことは滅多にない。私はグローブボックスからコルトマスタングを取り出すと、シートを引っ張り下ろしたツグミに言った。
「これ、返すの忘れてた」
 両手が塞がった状態のツグミは肩をすくめながら振り向いて、苦笑いを浮かべた。
「あ、ちょっと今受け取れないです。作業場の棚に置いといてもらえませんか」
「分かった。これから一緒に作業するの?」
 私が言うと、ツグミは小さくうなずいた。その目は私の手元と胸の辺りを、行ったり来たりしている。私の右手にコルトマスタングが握られているからだろう、組織の階層構造に守られていても、どこかで本能が警告を発しているように見える。なぜなら、それがどんな気まぐれにしろ、私が引き金を引くことを決めたら最後、ツグミだけじゃなくて、カラスとレッカーの運転手も生き残れないから。ツグミはカラスと視線を合わせると、私の方に向き直って呟くように言った。
「今回、相手を特定しないといけないので。詳細に調べる必要があるんです」
「頑張ってね」
 ベルトに挟んだコルトマスタングを上着で隠すと、私はロビーに戻った。ツグミの仕事場は食堂のさらに奥で、物騒な物ばかり置いてある。問題は、食堂に誰かがいた場合、必ず目に留まるということ。ノートパソコンを小脇に抱えたアザミがちょうど出てくるところで、鉢合わせした私は足を止めた。
「あら、どうしたの?」
 アザミは黒縁眼鏡の後ろで目をぐるりと動かすと、私の顔をじっと見つめた。
「ツグミに装備を返すのを忘れてました」
「そう」
 アザミはそう言って、片手にイヤホンを持ったままゆっくりと瞬きをした。
「最後に狙撃をしたのはいつ?」
「半年前です」
 私が答えると、アザミは眉をひょいと上げて、イヤホンを片方の耳に入れた。
「やり方を思い出しといて。おやすみ」
 そう言うと、アザミはもう片方の耳にもイヤホンを入れて、音楽の世界に逆戻りした。音漏れするイントロでベンチャーズのバンブルビーツイストだと分かったけど、私は何も言わなかった。今は迷信以外を信じる気になれない。アザミの姿が見えなくなってから、私はツグミの仕事場へ足を踏み入れた。机の上は綺麗に整理されていて、埃ひとつない。でも、大雑把な本来の性格はそれ以外の場所に現れている。外したままの銃身や、折れ曲がったナンバープレートに、ケブラー繊維がはみ出したボディアーマー。ツグミは物を捨てられない。だから机の上以外は雑然としている。
作品名:Shiv 作家名:オオサカタロウ