小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Shiv

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

「春川さん、お疲れさま」
 アザミはノートパソコンを半開きにすると、イヤホンを右耳から外した。眠そうな目で私のスーツを眺めると、息を漏らしながら笑った。
「モズだからって、血まみれの服で入ってきたらダメだよ」
「すみません」
「少し、話せる?」
 アザミが言うのと同時に、私は向かいに座った。正解も不正解も分からない。でも、今までに生き延びてきた人間から教えてもらった『アザミとの話し方』は、実践するようにしている。まずは、イヤホンから音漏れしている曲の話。
「可愛い声ですね。なんて曲ですか?」
「テディ。コニーフランシス」
 アザミは呟くように言うと、微笑んだ。私は小さくうなずくだけにして、本題に入るタイミングを窺った。知っていても敢えて訊くようにしているのは、当てた人間は長く生きられないというジンクスがあるから。アザミがキッチンの方を向いてコーヒーを追加で注文したところで、私は言った。
「おそらく、待ち伏せです。私は銃声を聞いていません。ツグミと話しましたが、全部9ミリだそうです」
「着いたとき、窓はどの面が割れてた?」
「前と運転席側です」
 私が答えると、アザミはゆっくり瞬きをしながらうなずいた。
「相手は二人以上ってことかな。まあ、すぐ分かるとは思うけど」
「もう、目星がついてるんですか?」
「同業者なのは、間違いないね。最近、うちより安く請けてる少人数のグループがいるの」
 アザミが言い終えたとき、キッチンからコーヒーを受け取ったサクラがアザミの隣に腰掛けると、私の方にカップを差し出しながら言った。
「海外からの出戻り組ですね。ここ数ヶ月は動きが活発で、カチ合うことが増えてきてます」
 ペンダントに触れそうになった手をカップに戻したとき、サクラの視線がまっすぐ私の指を追っていたことに気づいた。弁解するよりも早く、アザミが言った。
「大変だったと思う。伊山さんとは何回も組んでたもんね」
 アザミとサクラ。モズを書類でコントロールする人間と、駒のように配置する人間。二人にじっと見つめられたら、大抵の人間はやっていないことまでぺらぺらと喋ってしまう。アザミはまだ人当たりがいいが、サクラは目つきが鋭くて中々人と打ち解けない。私がコーヒーをひと口飲んだとき、サクラは言った。
「目星はついてるんですけど、手口が違うんですよね。その人たちなら、窓とか壁に血で絵を描くんですよ。なんでしたっけ、名無しの権兵衛みたいな」
 アザミはサクラと目を合わせると、笑った。
「へのへのもへじ、でしょ」
 二人とも、それとなく時計を気にしている。今は午前二時十五分。私がコーヒーの湯気に目を細めていると、アザミが言った。
「今回、相手が分かればお返しをすることになるわ。あなたは現場を見てるし、是非入ってもらいたい」
 私はうなずいた。お金を生む依頼ではない『殺し』もまた、モズの仕事だ。外からの依頼と手当ての金額は同じだから、身内の案件の方が気楽ということで手を挙げたがるモズが多い。
「承知しました。他のメンバーは決まってますか?」
「相手の規模によるから、まだ未定」
 サクラが代わりに答えて、アザミが腕時計に視線を落とした。私はコーヒーを飲み干すと立ち上がった。二人とも『話は終わり』とはっきり言うことはないから、こちらが見極めなければならない。
 真っ暗なゲームコーナーを通り抜けてロビーに出たところで、ヒバリとすれ違った。エレベータに乗って八階まで上がる間にポケットを探ると、すれ違いざまにヒバリが差し込んだ紙片が頭を出した。
『2:30』
 双葉の字だった。シビックがレッカーされてくる予定の時間。私は八〇七号室の鍵を開けて部屋に入り、スーツの上着を脱いだ。ワイシャツまで染みこんだ血を眺めている内に少しずつ全身の力がなくなっていき、ひじ掛けつきの椅子に崩れるように座った。
 アザミとサクラは、窓に『へのへのもへじ』を描く組織がやったと見ているし、相当な自信を持っている。時計を気にしているのは、早くシビックを点検して、フロントガラスを弾が抜けた跡や粉々に割れた運転席側のサイドウィンドウを見たいからだろう。私はテレビを点けて音量をミュートにすると、延々と流れる通販番組にチャンネルを合わせた。必死に商品をアピールする司会者の口パクを見ていると、頭の中は自然と過去へ逆戻りする。八年前、十八歳だった私はまだモズの一員ではなくて、フリーランス。仲間内では『夫妻』と呼ばれていた。二歳年上だった彼氏は『カワラ』という呼び名で実年齢より大人っぽく、『アヤメ』と呼ばれていた私も派手な化粧をするタイプじゃなかったから、二人で並んでいると二十代後半の新婚夫婦と言われてもおかしくないぐらいの、落ち着いた感じがあった。
 カワラはテレビを寝る直前まで点けている人だったけど、テレビを全く見ない私に気を遣って音を消してくれていた。ある日、通販番組をかけっぱなしにしていて、司会者の口パクを見ながら『こいつ、何を売り込んでるのか分からないな』と言った。私は大笑いした。カワラも笑っていたけど、すぐに読唇術を勉強し始めた。一カ月で司会者の口パクの内容を声に出せるようになって、仕事中に標的が何を言っているのか、双眼鏡で見るだけでメモを取れるようになった。そんな感じで、カワラは人として許されない方向に勉強熱心だった。
 四年ぐらい順調に案件をこなした辺りで、海外から引き合いが来たと言ってカワラは私を誘った。全てがごちゃ混ぜになった関係に初めてヒビが入ったのは、そのときだ。私は独自に引退の方法を探り始めていて、自分たちの顔を知る関係者の中で誰を消せばいいかリストアップしながら、店仕舞いの準備を始めようとしていた。それをサプライズで伝えようと考えていたら、カワラから出てきたのは全く逆の言葉だった。私が嫌がると、カワラは驚いていた。
『引退? 殺しはおれたちの天職だぞ。まあ、少なくともおれはそうだ』
 あのとき私は、仕事の腕前を初めて馬鹿にされた。カワラは狙撃でも近接戦闘でも、何だって器用にこなしてきた。私は狙撃こそ得意だけど、近接戦闘は全くダメだった。余計な言葉が続かなければ、尊敬の対象のままだったのに。もしかしたら、カワラは断られると想像もしていなかったのかもしれない。
 とにかくそうやって、私が頭の中で温めていた引退プランは咲く前に枯れた。そして、それから数週間後に『夫妻』として最後になる、何のやりがいもない仕事を終えた。駅で見送ったところで連絡がつかなくなり、返事を待って駅の周りから離れるのが遅れた私は、スーツ姿の男二人に捕まった。もう大昔のようだけど、まだ四年前。深夜の喫茶パールはがらんとしていて、当時人事をやっていたツバキと、まだ新任で引き継ぎ途中だったアザミがいた。二人から話を聞いて、カワラが私を連れて海外へ出たがっていた本当の理由が、この二人が属する組織に目をつけられていたからだということが分かった。
『あなた達は、過去の仕事の中で私たちの仲間を殺してる。狭い業界だから』
 ツバキの淡々とした口調は、今でも頭に刻まれている。
作品名:Shiv 作家名:オオサカタロウ