『まぼろし』をみた
Sの奥さんに言ってみた。
「アノー、途中で水死体があがったでしょ。あれはジャンのじゃなかったんだよネ」
私は自信がなかったが、○子さんがどう思うか確かめてみたのである。
すると○子さんは、意外なことを聞かれたという顔で答えた。
「あれは、ジャンでしょ。ジャンの死体だったのよ」
彼女の表情は確信にあふれていた。
「・・・。でもネエ。そうなのかなあ?」私は釈然としなかった。
そばにいるSに応援を求めようと思ったが、彼は観ていない。
奥さんはさらに続けた。
「マリーはジャンをすごく愛してたのよ。だから、死んだことを絶対認めたくなかったの」自信に満ちて、堂々と補足した。
それでも疑問が残って、私は質問した。
「だって、マリーは警察に聞かれた時、カラカラと笑って、『所持品の時計はジャンのじゃない。自分で買ったから一番よく知ってるワヨ』って、証言したでしょ」(Sはだまって冷めたコーヒーをすすっている)
「だから、あれは芝居なのよ。女の気持わからない?」(わからないから、聞いてるのに・・・)
Sに何か言ってもらいたかったが、Sは知らん顔だった。
「そういうもんかなあ?」私はまだすっきりしない気持だった。
でもおそらく、○子さんの意見が正しいのだろう。だいたいいつも、○子さんの意見が正しいことになっている、とSは常々言っている。