あみのさん
もうガードを抜けていて、だんだん住宅街に入って行く。別れ話をするにはそぐわないような気がした。横を見ると環状線に添って並木と照明が綺麗に見えた。三郎はその方に向きを変えた。急な階段を登りながら、少し沈黙が続いた。三郎は亜美乃のちょっと前に進み亜美乃に手を差し出した。一瞬とまどう表情を見せたあと、ゆっくりと差し出された手を引っぱりながら階段を登りきった。
「ありがとう」亜美乃がちょっとだけ微笑んで手を放そうとした。三郎は名残おしそうにゆっくり手を放す。そのありがとうは三郎の胸にこたえ、目が潤んでくるのを感じた。車のヘッドライトとテールランプ、そして並木の緑が滲んで花火のように見えた。
しばらく黙って歩いたあと、亜美乃は立ち止まり三郎を見上げて、
「お願い、私を叩いて」と言った。
「えっ、どうして」
真剣な表情になって見上げる亜美乃を、少しドギマギしながら三郎は聞き返した。
「私が」とそこで亜美乃は言葉につまった。ちょっと間をおいて「私から別れようと言い出したんだから。私が悪いんだから」
亜美乃が背伸びするようにして顔を三郎に突き出す。目はしっかりと開いたまま。
「そ、そんな、出来ないよ」
三郎は、両手で亜美乃の肩を押すようにして言った。
「そうしなくちゃいけないの」
今度は姉さんの口調になって亜美乃は顔を押し出す。三郎は困って周りを見回す。切れ目無く車が通り過ぎる。
「お願い、すっきりしたいの」
懇願するような声になった。三郎は亜美乃に視線を戻した。少し紅潮したような頬に街路灯があたって艶めかしい。大きく見開かれた目は相変わらず真剣だ。三郎は自分を省みて恥ずかしくなった。自分はこんな真剣な目で亜美乃を見ていただろうか。女性から色々教えてもらって、経験させてもらい自惚れていたのではないか。
「殴られたいのは俺のほうだよ」と三郎が、それさえ自信なさそうに言う。
「それじゃダメなの」