あみのさん
駅に近づいて、三郎は初めて亜美乃とここで待ち合わせをしたことを思い出した。初夏の輝くような青空と黄金色に感じられた光の中で、亜美乃は負けずに輝いて見えた。あのとき三郎は嬉しさで顔の筋肉がゆるんでいるのを抑えきれなかった。
陽はとうに沈んでいて、肌寒い感じがした。亜美乃はホームから出てくる人混みから離れた、少し暗い所にしょんぼりと立っていた。三郎は心の中で「そんな所は亜美乃には似合わないよ。明るい場所にいた方がいいよ」と呟いた。
「やあ」とも「元気!」とも言えず、三郎は片手を挙げた。亜美乃が近づいてきた。思いの外きりっとした表情の亜美乃は今までに無い魅力にも感じられた。いい女なのに、俺はなんと優柔不断に過ごしてきたのだろうとちらっと思った。
「少し歩きながらいいかな」と遠慮がちに亜美乃が言う。
駅から遠ざかるように二人は歩き出した。
「色々考えたんだけど」と亜美乃が切りだした。三郎は黙って聞いていた。
「もう付き合うのは止めたいの」と亜美乃らしい率直さで言った。三郎は「どうして」と言いかけて止めた。ガードの下に入っていて電車の音でしばらく二人は黙った。覚悟はしていた筈なのに、何かちぐはぐした感じを感じていた筈なのに、三郎の口からは「じゃあ、何ヶ月か逢わないでいて、どうしても二人でもう一度と思ったら付き合うというのは」と未練がましい言葉が出た。。
亜美乃は(何を呑気なことを言っているの)というような表情をして
「そんなのダメ」と強い口調で否定した。
三郎は何も言葉が出なくて、歩きながら小さな声で歌い出した。
――愛が~生まれ そして 終わったのね~――
亜美乃が、三郎をにらむようにして「真面目に聞いて」と言った。
三郎は、なんて俺はバカなんだろうと思った。それでもなお亜美乃のように真剣に考えていなかったのだろう。ドラマでも演じているような感覚も感じていた。
「じゃあ、別れよう。全部忘れよう」と馬鹿な台詞を吐いた。
亜美乃はまた、あきれたように三郎を見て、それから下を向きながら「私は忘れないわ。一生大事にする」と言った。その言葉に、自分はちょっと不真面目だったかなと三郎は反省した。亜美乃の忘れないという言葉に衝撃と後悔の混じった感情が湧いてきた。自分は何て子供だったのだろう。ちょっとうぬぼれて舞い上がって、いい加減に亜美乃と付き合ってきたのではないかと恥ずかしくなった。