あみのさん
「歯が黒いね」と亜美乃がお歯黒の女性が出てきたとき、ひそひそ声で三郎に言った。三郎は亜美乃の顔が近づいてきたので、そっちの方に気をとられてしまった。かすかに甘い匂いもしている。若い女性とこんなに顔が接近したのは初めてだったので、怖いはずの映画も全然怖くなく、ボーッとスクリーンに視線を向けていた。
二本立ての一本目が終わり、次の上映が始まるまで、いろいろと話をした。
亜美乃は二人の会話の八割喋って、一割だけ聞いた。三郎の話の半分が回りの騒音にかき消された。
「ふーん、女子校だったんだ」
三郎は、亜美乃が喋ったことを真剣に聞いてはいたが、あまりの量の多さに記憶した半分は新しい情報が上書きされて、その記憶さえもいつまで持つか分からない。亜美乃が喋りつかれたようなので、やっと三郎の話す番が回ってきた。
「俺の出た高校も戦前には女子校だったので、女子が多くてね。男一に女三くらいの割合だったよ」
「ふーん、あんたモテた?」
やっと亜美乃が興味の持てる話になったと思ったら、ブザーが鳴って次の映画の上映時間になった。館内が暗くなって、少し言いやすくなって三郎は「モテた」と言った。
「うそっ」
即座に亜美乃に否定され、三郎は少し気分を害したが、亜美乃が「あんた」と呼ばれたことに妙な親密感を覚えてしまった。
二本目は、現代の怪談で一本目より現実感があり怖かったが、三郎はさりげなくふるまった。亜美乃も怖いのが好きと言ってたが、時々ビクッと体をこわばらせる気配があった。そして亜美乃の手が三郎の手を掴む。三郎はまたまた感激で、自分が守ってやるという気になった。
映画が終わって、三郎は自分が少し男らしくなったような気がしたが、確固たる自信はなかった。そしてまた亜美乃からアミノ酸を連想し、アミノ酸は勇気を出す栄養素なのだろうかと思った。