あみのさん
三郎の答えを聞いて、亜美乃は安堵したような表情をした。それをみて三郎はあることに気づいた。たしか父親は写真でしかしらないという亜美乃が『ファザコン』ではないかということだった。最初のお化け屋敷は別として、そのあとの甘えたような態度と、子供っぽい笑顔。
(あれっ、俺は疑似父親か)
それでも、三郎は嬉しかった。そして父親のような視線で亜美乃を見ている自分に気づき、おかしくなった。
「なに? 何かおかしい?」
亜美乃が怪訝そうに三郎を見る。三郎は「さあ、次はどこに行こうか」と少し大きめの声で言った。
本日最後になりますというアナウンスに押されるように、観覧車に乗った。それは大きな円を描くのではなく、垂直に登って行って降りてくるだけのものだった。昼間なら高い所が苦手な三郎は尻込みしそうなものだったが、夜であることで遠近感があいまいで平気だった。また気分が一部、亜美乃の父親になっていることもある。
ガラス張りのエレベーターのような箱の中に二人で乗りこんだ。亜美乃は大人しく、夜景を見ている。三郎は、ここではキスをしたほうがよいのだろうかと思いながら亜美乃の横顔を見る。そしてまた別亜美乃の別の顔を発見した気がした。憂いというのだろうか、私にはあなたの知らない秘密にしておきたいことがいっぱいありますとでもいっている顔だった。三郎はその顔を見て浮かれていた気持ちが覚めていくのを感じた。亜美乃のことを、まだほんの少ししか知らない。自分にはそれを受け入れる器になっていないのではないだろうか。眼下の夜景を見ながらそう思った。
三郎は亜美乃が小さな声で何か言っているのに気づいた。
「ん?」と 三郎が亜美乃の言葉を待っていると、
「もう、いいわ」と亜美乃は少しすねたような態度で言った。
それは怒っているのではなく、どうでもいいやという感じにも感じられて三郎は少し悲しく思った。何だろう、俺は何をしたのだろうかと思いながら夜景が段々と地上に近づいていくのをぼーっと見ていた。
自分の部屋に帰って、三郎は亜美乃のことを思い出していた。子供のような笑顔、姉のように指図をする顔、憂いを含んだ横顔。そしてちょっと前に「今日はありがとう」と言った半分他人の顔。
(あみのさんは色んな面をもっている」
ふと、自分は栄養の何だろうと思った。ビタミン、ミネラル、鉄分、亜鉛? 逢えん?
三郎はそれ以上考えるのを止めたというように、乱暴に布団を敷いた。