あみのさん
少し薄暗い店内には倦怠的な音楽がかかっていた。三郎は今まで入った喫茶店と雰囲気が違うなあと思った。客の話し声もあまり聞こえない。スーッとよって来た店員が席に案内した。席に座ってやっと他の喫茶店との違いが解った。背もたれが高いソファだった。その向かい側に椅子は同じく向こう向きである。必然的に親密になれる設計なのだ。
「さっきね、ここの場所を聞いてたの」と、少し恥ずかしそうに亜美乃は言った。少し顔を赤らめる亜美乃を見て三郎はドキっとした。華やかな笑顔と頼りなげな羞恥の顔。こんな女性と付き合っている俺って……三郎は幸福感と優越感を感じた。
店員もファーストフードの声とは違う。若い男性が抑えた声で、事務的に注文をとりにきた。程なく飲物が運ばれて来て、三郎はあたり見回しながらコーヒーを飲んだ。他の客もソファーからはみ出ている頭のてっぺんしか見えない。かすかに女性の甘えたような声が聞こえた。亜美乃もいつものように喋らないで、静かにコーヒーを飲んでいる。そのコーヒーカップを静かに置くと、亜美乃は少し三郎に寄り添って来た。
「私ね、こうしているのが好きなの。男と寝たことは無いけど」と三郎の手を握りながら、前を向いたまま言った。三郎はその男と寝たことは無いという言葉に、少し嬉しくなった。
思えば毎日が発見と感動だった。そして亜美乃に対する微かな疑惑と不安、そして嫉妬。
最初の時と同じように亜美乃が顔を近づけてきて、三郎は前より能動的に亜美乃のキスをした。
「あっ」かすかに亜美乃が声を出して、三郎はしばらく陶酔する。何も聞こえて無かった耳に甘ったるいテナーサックスの音が聞こえてきた。二人はそうっと唇を離した。
「うまくなったみたい」と亜美乃が、嬉しさと寂しさの交じったような声で言った。
三郎も最初と違った感触を感じていた。優しく柔らかく少し痺れたような最初と違って、少しヌメッとして身体の芯まで届いたような気がした。そう言えば最初はどうだったんだろうと三郎は思った。唇の感触以外はあまり覚えていなかった。健康な二十歳の男性だ、下半身も反応するだろう。現に今は素直に反応している。少し余裕が出来たのだろうか。