小田原評定
「そうだよ。だから、逆に怪しいのさ、こういうのって、そもそもは、ネットに出回っていることを、ゴシップする方が効果があると思うんだ。普通の特ダネだったら、例えば不倫だったり、汚職事件などのような、もっと衝撃的で、実際に証拠がハッキリしているものであれば、いきなりの記事でいいと思うんだけど、こういうやらせなどというものは、水面下であっても、少しはウワサとして流れている方が、記事にした場合の効果は高いと思うんだ、だから、この時点で、ネットにもでていないのはおかしいと思うし、何よりも、狭い範囲でだけ、ここまでやらせというのが浸透しているというのは、そこか、作為的なものがあると感じましてね」
と谷村刑事は言った。
「それで、さらにこの事件にはいろいろなところに圧力がかかっているんだ。警察にもかかっているし、出版社にもかかっているんですよ。それなのに、ここには一切かかっていない。逆に情報は、ここからしか得られないようになっている。それを思うと、自分がミスリードされているのではないかと感じるんです」
と、谷村刑事は続けた。
「荻谷少年のことはどうなんだい?」
と聞かれた谷村刑事は、
「荻谷少年は、たぶん、この事件に直接は関係ないと思うんだ。もちろん、組織に利用されただけではないのかな?」
と答えた。
「じゃあ、誰が、新谷記者を殺したというんだい? 目的はなぜ?」
と言われて、
「犯人は、実行犯と、共犯者がいると思う。それは、正直、どっちがどっちとは言えないと思うんだけど、少なくとも、この商店街の人が絡んでいるとは私は思っています。目的というのは、これもたぶんだけど、組織の暗躍する中で、新谷記者は、何かを知ったじゃないかな? 組織のことに違いはないと思うんだけど、何といっても、彼は警察の情報屋を長年やっていたということだから、いろいろ情報収集は、しようと思えばできなくもない。ただ、相手が悪すぎた。知ってしまった時には、もう後には引けない。組織にも狙われているのも分かった。そこで、彼は、自分でやらせ疑惑を考えたんじゃないかな? 実は組織の方も、秘密を知った新谷記者をいかにして殺そうかと思っていたところを、やらせ疑惑を調べていると分かったところで、それを利用しようと考えた。お互いにやらせ疑惑に狙いをつけたわけだが、ミイラ取りがミイラになる形で、殺害される方に利用されたというわけなんじゃないかな? 大きな組織の中では、一人の記者の力なんて、まったく無意味だということ。それに、ペンは剣に勝るなどということはないということを、証明したということだろうね」
と谷村刑事がそういうと、
「じゃあ、今朝のことも?」
「ああ、そうだ。自首してきたという男がいたが、あれも、最初から計画の中にあったことなんだろうね。よくあるじゃないか。事件や事故の後で、自首してくる男がいると、組織が絡んでいる場合は、大体身代わりに自首してくるわけだよ。小域ベタではあるけど、少なくとも、自首してくる人がいるということは、そこで、捜査は少なくとも自首してきた相手に時間を取られるわけなので、時間稼ぎができるということさ。逆にいえば、犯人側も、時間稼ぎをしないといけないということは、犯罪自体が、突発的だったのかも知れない。いずれは殺害するつもりだったのだろうが、そこに至るまでに、突発的に何かがあった。組織としては、今その犯人が分かっては困る。そのために、時間稼ぎが必要で圧力を掛けたり、犯人をでっちあげたりという、ぎこちないことになってしまったのではあないかと私は思っているんですよ」
と、谷村刑事はいうのだった。
「なるほど、なかなか面白い推理ですね」
と八百屋が言ったが、必要以上に汗を掻いていて、指先も痺れが来ているのを見ると、図星なのかどうかまでは分からないが、ほとんど的を得ているような気がした。
「そもそも、こちらの3人、八百屋と肉屋と魚屋はいつも一緒にいる。きっと、組織から脅迫されているか、あるいは、組織の仲間として暗躍しているのかも知れない。組織に加われば、この商店街はすたれても、三つのお店、あるいは、あなた方の将来において、困るようなことはしないというような取引というか、密約のようなものがあるのではないかと思ったんです。殺された新谷記者が、警察の密偵のようなことをしていたのと同じで、あなたがたも、組織の密偵ではないかと思ったんです。ただし、私がこのことに気づくのがもっと遅かったら、あなた方を疑うこともなかったかも知れない。出版社や、見えない組織ばかりを気にしていたことになる。だけど、それも、組織の狙いだったのかも知れない。ひょっとすると、やつらは、自分たちにわざと目を向けさせておいて、そこで、自分たちは関係ないと一度でも警察に思わせれば勝ちですからね。それが、今回必要だった時間稼ぎだったのではないかと私は推理します」
と、谷村刑事がいった。
「あなたが、私たちを怪しいと思ったのはいつからだったんですか?」
と、八百屋が聞いた。
八百屋は、ひょっとすると、自分たちが疑われているのを察したのかも知れない。その証拠が、あの、
「小田原評定」
だったわけだ。
「それはね。初めてここに伺って相対した最初だったんだよ」
というと、八百屋は、自分の血の気が引いていくのが分かった。
「そんな早くから……」
「ええ、あなたに、新谷記者が、殺されたことを言った時ですよ。私は、新谷さんが殺されたとは言いましたが、何で殺されたとは言わなかった。それなのに、あなたは、血痕や返り血を気にしたのか、すでに、死因が、刺殺であったことを知っていた。そこで、少なくとも、あなた方、3人は少なくとも、事件の大いに関係があると感じたんです」
と言って、ニンマリとした、その顔は、自分たちが死を意味していると悟った八百屋は、先ほどの、
「小田原評定」
が、本当の意味での小田原評定だったということを悟ったのだった……。
( 完 )
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