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謎は永遠に謎のまま

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 苦しみが怖い。苦しむことが恐ろしい。そんな感情が、逃げに回ってしまっていて、その逃げが勇気を否定し、自分のこれからのすべての可能性まで否定してしまっていることに気づいていなかった。
 だが、普段はそんなことはない。ただ、定期的にそんな弱気になってしまうのだ。
 何が怖いといって、自分が予知できないことであり、
「ここから先は、ゴールの見えない未来だ」
 と思うと、怖いという感覚が苦しみを呼び、感覚がマヒしてしまうほどの痛みに耐えなければならない自分を、どう導けばいいのか、まったく分からなくなっていた。
 ただ、加減乗除という考え方が、悪いというわけではない。
「すべてを杓子定規で見てはいけない」
 のであろうが、加減乗除の考え方は、少なくとも、自分のこれから進むべき道の選択を助けてくれる。
 皆は無意識に感じていることなので、必要以上には考えられないかも知れないが、
「加減乗除」
 というという考え方が頭の中にある限り、見えていないと思っていても、見えてくるものが、きっとあるはずであった。
 岩手県の県庁所在地、盛岡から少し入ったところに、その村はあるという。雪の季節になると、吹雪お時は、誰も表に出られないほどであるが、それ以外の時は、大雪で雪かきが必要でなければ、とりあえずは、何もすることはないというほどの過疎地だという。
「療養するにはちょうどいい」
 ということだったのだが、想像を絶するような山奥だったら、と思うと、少し怖い気もしていた。
 だが、
「温泉は気持ちがいいし、酒もうまいし、料理も十分にある。ゆっくり滞在していってくれ」
 ということだった。
「俺は、南国育ちなので、寒いところは苦手なんだけどな」
 と二の足を踏んでいると、
「とりあえず、数日だけでもいいんだ。もし、気に入れば、いつまでだっていてくれてもかまわないんだからな」
 ということであった。
 その友達とは、大学時代、最初に友達になった縁もあれば、そのあと一緒に、ミステリーサークルに入って、旅行なども、よく一緒に行ったものだ。
「青春きっぷ」
 なる、全国の特急料金のいらない電車に、一日乗り放題という切符を使っての旅行などは、本当に楽しかった。
 大学生冥利に尽きるとは、このことだったのだろう。
 どちらかがアルバイトを探してきては、よく一緒のアルバイトをしたものだ。
「バイトくらいバラバラにすればいいのに」
 と言われるほど、誰が見ても、四六時中一緒にいるのではないかと思われていたが、二人とも、本当にいつも一緒にいると思っていたのだった。
 あの頃の旅行は、もっぱら、西日本だった。川北も南国育ちだというだけで、高校までに旅行らしい旅行は、修学旅行くらいだったので、大学に入ってから、
「こんなに旅行ばかりしていいのだろうか?」
 と思うほどであった。
 そのたびに、
「何言ってるんだ。大学生だからこその旅行じゃないか。人生勉強だよ」
 と友達は言っていたが、高校時代までの生活を思えば、罪悪感がどうしても出てきてしまう。
 その友達の名前は飯塚隼人。彼は大学を卒業してから、東京の会社に終息したのだが、結局一年もしないうちに、挫折して、田舎に帰ってしまった。その会社は、結構なブラック企業のようで、しかも、田舎者には厳しいところだったという。入社してみなければ、会社の内情など分かるはずもなく、特にその会社は、その中でもひどかったようで、飯塚は、田舎者扱いされて、孤立してしまったようだ。
「あんないいやつを孤立させるなんて、本当にひどい会社だ」
 と思い、何とか励ましたりしていたが、さすがに川北一人ではどうすることもできず、
「ありがとう、川北。お前の親切は、この先もずっと忘れないよ」
 と言いながら、飯塚は田舎に帰っていった。
 実は、川北も、今の会社で、それほどいい待遇を受けているわけではない。田舎者という意識まではないようだったが、誰かと一緒にペアで行動すると、相手に嫌われてしまったり、上司が、相手ばかりをなぜか贔屓してみたり、
「俺のどこが悪いんだろう? きっとどこかが悪いんだろうな?」
 と思っていたが、実は自分の会社は、
「そうやって人を競争させることが、それぞれの人間のパフォーマンスを上げることだ」
 と言われて、ずっとここまで来たようだ。
 だから、この間のプロジェクトの仕事も、不眠不休というくらいに必死で仕事をしたのだ。
 一緒に組んでいたやつは、早々に脱落してしまい、自分だけしか残らなかったので、二人分の仕事を抱えてしまったのだったが、せっかく今までとは違う立場で仕事ができたことで、まわりも一目置いてくれるようになったようだ。
 それだけに、
「初めて会社の役に立った」
 という思いと、それまで、あれだけ冷たい素振りしかしなかった上司が、今回の仕事が終わると、裏を返したように優しくなり、休暇も長期取らせてもらえることになった。何しろ、10日分近くを残業込みで、会社に尽くしたのだから、当然のことなのだろうが、ここまでの変貌はさすがに引いてしまうほどであった。それでも、労いの言葉を掛けてもらったり、いたわってくれるのが分かると、一気に身体から力が抜けてしまったようで、実際に休養が必要だったのは、間違いないだろう。
 そんな毎日から解放されると、少し、体調を崩してしまった。2日ほど、入院を余儀なくされたこともあって、会社も気を遣ってくれたのか、1か月の休暇がもらえた。
 ひょっとすると、ブラック企業だと言われたくない一心だったのかも知れないが、それまでの川北に対しての待遇を考えれば、かなりの違いだということに間違いはないだろう。特に、飯塚のようなブラック企業の存在を聞いていれば、
「俺はまだまだマシだよな」
 と思わずにはいられない。
 だからこそ、会社を首になったり、思い余って会社を辞めてしまったりすれば、
「一度転職してしまうと、今よりも条件の悪いところしか残っていない」
 と言われる通り、万が一条件がよかったとしても、裏でブラックがひどければ、それは悲惨な道に足を突っ込んでしまったといってもいいだろう。
 それを思うと、余計に会社を辞められなくなった。それは今まで以上に感じることで、しかも、今は期待を掛けられていると思えば、それがさらなるプレッシャーになるのだということを、その時はまだ考えてもいなかった。それだけ、身体も精神も衰弱していたといってもいいだろう。
 会社の人もそれくらいは分かっているのだろう。あれだけ不眠不休であれば、普通の人間なら、途中でダウンしていても無理もないことだ。良くも悪くも、川北は、
「加減乗除」
 の考えを持っているということで、物事を合理的に考えようとする。
 だから知らず知らずのうちに、仕事をうまくこなせるようになっていたのではないだろうか。
 力を入れるところ、力を抜くところのアクセントをうまくつけられることが、川北の強みでもあった。ただ、融通が利かないところもあるので、この性格は紙一重のところがあり、一歩間違えると、
「もろ刃の剣だ」
 と言ってもいいだろう。
作品名:謎は永遠に謎のまま 作家名:森本晃次