ひとり言 せずにはいられない
市場の工場だから
6月16日、久しぶりに小原から電話があった。
最近は、こんなふうに色々とあって、昼間に時間が取れなかったから、スマホの簡単なメッセージだけで彼女と近況報告をし合ってたんだけど、やっぱり声も聞きたい。彼女の「治療後の検査結果がいい」って言葉に一安心。
入院中、有り余る時間をスキンケアに使ったり、運動不足の解消にリハビリ施設で運動したり、それで病院内にも友達が出来て、オジサマ患者からのモテモテ自慢に、激カワ介護士娘にメロメロになったり、年下の男性看護師を可愛がったりと。笑♡
人生観が大きく変わるくらいに、いっぱい考える時間もあって、とにかく前向きな癖が付いて来たようだ。それを聞いて僕は嬉しかった。
僕が30代の頃、病院でガンを疑って、約1か月間の検査を受けていた経験が、今は何でもプラス思考に結び付けるようになったのと、(同じ経験をしたんだろうな)って思えた。(短編作『僕か君は、がんで死ぬ。』参照)
こんなことが無いと、(すべてのことが自分に取って役に立つことなんだ)って考えには、なかなか至らないもんでしょ。
「この前、お姉ちゃんと店出したいって話してたでしょ」
「ええ、でも私がこんな状態じゃ、5年くらい先のことかもねぇ」
「僕も多肉植物の販売を、定年後やるつもりだったんだけど、近所のママ友が手伝いたいって言ってくれてて、早くやれ早くやれって言うんだよ」
「ママ友いるんですか?」
「いるねん。女房の友達だけど、いつも家でお茶会してるから、僕も一緒に」
「でも早くって言っても、売るくらい大量生産するの大変でしょ」
「小原の農場貸してくれたら、嬉しいんだけどな」
「ああ、それダメですねえ。お父さん亡くなってから、主人がみっちり計画立てて、今は近所の師匠に指導されてるから、土地に空きが無いんですよ」
「そうか残念。でもうちの実家も田んぼいっぱいあるし、将来はそこにビニールハウス建てるつもりだから」
「じゃ、5年後ですね」
「ところでな。今日不動産屋さんと契約して来たんだ」
「マンションでも借りるんですか? また外国人用の寮とか」
「ううん。来月から会社に新工場が出来るんだよ」
「へえ、本当すか。私辞めてから、どんどん成長していきますね。どこに作るんですか?」
「総合卸売市場」
「市場? 競りとかやる市場?」
「うん」
「そんなとこに工場あるんですか?」
「ないよ。そこを工場にするんだ」
「市場のどこを? 意味が分からないです」
「市場の中、空きスペースを工場に活用するんだ。7月1日引き渡しで、急いで物品搬入して・・・」
細かい説明に、彼女も笑いながら聞いてくれた。
「市場の工場って、いっつも変な挑戦ばかりしますねwww」
「その方が面白いでしょww」
「それは社員も楽しみでしょう。いいな、ワクワクしそうでwww」
「子供相手のミニ四駆の工作教室とか、ロボットのプログラミング教室とか、夏休みにやる予定なんだ。実際、ロボット改造して対戦競技もあるから、その部品を3Dプリンターで作ってあげたりするつもり。装置組み立てのプロが教えるから、多分人気出るよ」
「そんなの儲かるんですか?」
「どうだかなぁ? 実際子供が集まるか分かんないけど、公営市場の審査通ったくらいだから、教育委員会の認可も取れそうだし、小学校にチラシ配らせてもらうつもりなんだけどね」
「へえ、ホントに何でもやりますね。木田さんって」
「・・・うん、亡くなったボスがいろんな事やってたから、僕も色々やらされて来たし」
「そのボスにもお会いしたかったな」
「大変だよ、あの人と付き合っていくのは。だから僕もこの会社に留まって、ボスから逃げてたんだから」
「ふ~ん、でもそのボスさんのおかげで、会社は大成功してるんですね」
「でもまだ、工場経費を賄うだけの業務予定がなくって・・・こんな作戦もあるんだけど・・・」
市場の1階店舗のシャッターを開ければ、作業場は丸見えなんですけど、僕はその通路沿いの一角で物品販売もしようと思ってるんです。まずは僕の多肉植物から。
1ポットずつの販売なんて、そうそう利益になるもんじゃないでしょうけど、10個くらいの苗を一鉢に寄せ植えて、千円でなら1個当たり300円の利益とすれば、月間100個で3万円の収益目標からスタート出来る。小さい規模だけど、まだ生産が追い付かないもんね。それを補強する作戦が・・・、
「小原ん家の農産物も、その市場で売ってみませんか?」
「ええ!! いいんですか~!?」
入院中の小原の声が大きくなった。
「『家族のために作ってる無農薬・有機野菜をお裾分けします!』って触れ込みでどう?」
「いいですねぇ」
「秋には新米もどうかな?」
「20トンまででしたっけ? 無資格で販売出来るの」
「そう。精米20トン。10キロずつだと、2000袋。売り切る自信ないけどな」
「そんなに作れないですよ。でもちょっとずつ持って行きます!」
「体が回復したら、やってみよう」
こんなんでも、月に5万円の利益が出せれば、店舗一区画分の家賃が浮くんだよね。
小原をワクワクさせられてよかった。
「それまで絶対生き残ってやる!」
「そうだよ。早く元通り戻って来いよ!」
「はい!」
作品名:ひとり言 せずにはいられない 作家名:亨利(ヘンリー)