起きていて見る夢
「あら、やだ。りほは私が18歳の時の子供なんですよ。だから私もまだ、これでも30代なんです。顔はおばさんだけどね」
と、照れながら言った。
よく見ると、りほに似たところが目立つ。
切れ長の目に、痩せているようには見えないが、どこか疲れた雰囲気。正直、松阪のタイプであった。
「本当にうちの娘が迷惑をかけてしまって、なんといってお詫びをすればいいのか」
と、申し訳なさそうにしているのが、よく分かった。
その日の夜は、お母さんと二人きりだった。
「もう、りほから連絡があるということはないだろうか?」
と感じていた。
食事は、お母さんが作ってくれた家庭料理だった。実家で食べる和食は嫌だったが、違う家庭でごちそうになる時は、結構食べられた。実家のごはんは、とにかく水の量が多くて、べちゃべちゃしていた。嫌というほど食べさせられた朝食を思い出し、今でもほとんど、米の飯は食べれない。だが、ここのお母さんが作ってくれたごはんは絶品で、いくらでも食べれるくらいだった。
「おいしい?」
「ええ、とっても」
と話していると、緊張はほぐれてきたが、別の意味で、何かムズムズするものを感じた。
自分でも、
「いけない感情を持っている」
と感じる。
久しぶりに、ゆっくりお風呂にも入ることができ、身体がすっかり暖まっていた。
食事の時は、結構話をした。といっても、りほの話が出てくるわけではなく、このあたりの観光について話をしてくれようとしていたが、自分がこのあたりを好きだというと、お母さんも、饒舌になり、まるで前からの知り合いだったかのように、会話が弾んだ。
さらに、松阪は、まさかこの話をすることになるとは思っていなかったが、自分の親への不満をぶつけた。今まで誰にもしたことのない不満を、しかも、初めて会った。女友達の母親にであった。
今夜、あわやくば、娘を抱こうという不埒なことを考えていた松阪だっただけに、母親と二人きりになるのは恥ずかしかった。それなのに、親の不満をぶちまけるなんて、
「何てひどい男なのか?」
と自己嫌悪に陥っていた。
しかし、お母さんは、そんな松阪に同情してくれた。
次第に、身体が近づいてきて、頬が真っ赤になってくる。
「お母さんの気持ちを本当は分かってあげなければいけないのに、松阪君の方に同情しちゃうなんて、おばさん、いけない女よね」
と言った。
「いけない女」
という言葉を聞いた松阪は、その時、何か自分がキレてしまっているのに気づいた。
「お母さんだって、もうすでに、我慢できないようじゃないか」
と自分に言い聞かせ、お母さんを逞しく抱き寄せた。
その時は自分が童貞だなどと、相手に思わせないようにしようと、精いっぱい背伸びしたが、お母さんはすべてを承知しているようで、
「いいのよ、おばさんに、すべてを任さなさい」
と言って、優しく身体中と撫でてくれた。
身体が宙に浮く感覚と、電流が身体中を走り抜ける感覚を交互に感じた。
「いいのよ、おばさんをりほと思って好きにすればね」
といわれると、我慢ができなくなった。
夢のような時間が過ぎていく。そして、限界に達した瞬間、頭に浮かんできたのは、なぜか自分の母親の顔だった。
「親とのトラウマが解消されたのかな?」
と感じた。
そして、お母さんの顔を見ると、一瞬、松阪の顔を真剣に見つめるりほの顔を見たと思うと、すぐに、快楽に満足した顔をしているお母さんの顔が現れた。
「普通なら、ここで賢者モードに陥ると、聞いたことがあったが、そんな感覚ではないな」
と、松阪は思った。
「ごめんなさいね。誘惑しちゃって。初めてをこんなおばさんになんて、嫌だったわよね」
と言われ、
「いいえ、そんなことはありません。僕のストレスをおばさんは聞いてくれて、それで僕を受け入れてくれたんでしょう? 僕、嬉しくて」
というと、
「おばさんも、松阪君がおばさんの前に現れてくれて感謝しているのよ。松阪君には悪いけど、りほに感謝したいくらいだわ。あの子、実は今、付き合っている人がいるらしいの。お母さんは反対まではしていないんだけど、私が反対しているとあの子は思い込んでいるみたいで、それで一番相談しやすいあなたに相談を持ち掛けたのかも知れないわね、でも、あの子は、自分のことで一生懸命になると、周りを見なくなるタイプなので、きっと今立て込んでいるんでしょうね。彼とね、それで、松阪君は置き去りにされたんじゃないかって思うの」
「確かに彼女はそんなところがある。どこか二重人格なんじゃないかって思っていたんですよ。でも僕にも似たところがあるので、却ってよく分かるんですよ」
というと、
「だから私も松阪君のことがよく分かるの。余計にいとおしく思えてくるのよ。身体が我慢できなくなるのよ」
と言って、お母さんが抱きついてきた。
これを世間は、
「あやまち」
というのだろう。
松阪は、とてもこれをあやまちだとは思えなかった。人間の、いや、男と女の、
「神聖な営み」
としか思えないのだ。
確かに、立場としては、許されない関係ではあるだろうが、今の二人の気持ちにウソはない。なるべくしてなった関係だと思うのだ。
お母さんを抱いているのか、それとも、聖母に抱かれているのか、松阪は、数日前のりほとの三日間を思い出そうとしていた。
すると、その思い出がまるで、泡のように消えていくのだ。
「新町駅で落ち合って……」
と考えていると、
「新町駅? そんな駅はないはずだが」
と考えていた。
自分の大学がある街は、神戸ではないか、神戸で、繁華街の近くに町が付く駅名というと、
「元町駅」
であろうか。
イメージは確かに元町駅だった。
だが、あの三日間は、自分が知っている神戸の街とは明らかに違った。それなのに、二人とも何ら違和感なく過ごせたのだ。
あの時のことを思い出しながら、松阪は、ゆっくりと眠りに就いていくのを感じた。
目を覚ますと、珍しく目覚めがスッキリしたものだったのを感じた。
年を取ってくると、目覚めのたびに頭痛が伴ってくるのだったが、今日はそうでもなかった。
「何か、昔の夢を見たような気がする」
と感じた。
そうだ、大学時代の夢だった。
そこまでは意識できたのだが、身体が、ムズムズしていた。そして、40年も前の夢を見ていたことに気づいたのだ。
あのお母さんとは、あの一度きり、彼女の家に遊びに行くことはあったが、お互いに気まずくはなかったのだが、求めあうことはなかった。
りほは、そのあと家出をしたようだ。
付き合っていると言っていた彼とはどうなったのか分からないが、今でも夢に出てくることがあった。
それに比べて、母親が夢に出てくることはない。
今から思えば、二人が一緒にいたところを見たことがなかった。
「俺が、あの時母親に童貞をささげたと思ったのは、本当はりほだったのかな?」
と思うと、その一週間前のデートの記憶が、何やら間違っていたと感じるのだった。
「あの時の夢だと思ったのは、夢には間違いないが、起きて見ていた夢だったのではないのだろうか?」