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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】

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「ええ…矢島昭さんです。はい、そうです…」

俺は、当時の現住所と氏名、年齢を書き出し、同じ人物の捜索願が出されていないか、調べてもらっていた。その間に俺は、別の警察官さんから、コーヒーを出してもらった。

“コーヒー、久しぶりだな…”

江戸時代には手の届かなかった、現代文化。それを目前にすると、自分が本当に現代に帰ってきたのだと分かり、どこか侘しく思った。

俺が二口ほどコーヒーに口を付けた時、電話をしていた警察官さんがこう叫んだ。

「えっ!ある!?あったんですか!?本当に!?」

“やっぱり…”

多分、俺の親か誰かが、俺の捜索願は出していたのだろう。

“でも、途中で諦めてしまって、俺は死んだ事にされてやしないか…”

やがて電話が終わり、俺を調べていた警察官さんは戻ってくる。

「出ていたそうですよ。捜索願。それで、あなたは二十五年前に家出を?」

「は、はい」

「そうですか…でもねえ、捜索願というのは、三ヶ月で期限切れになるもので、事件性が無い場合は更新はされないんです」

「そうなんですか…あの、家族と連絡を取りたいのですが、私は、スマホも持っていなくて…電話を貸して頂けないでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


俺は、半分ほど諦めながら、実家の固定電話に電話を掛けた。それは俺が小さい頃から変わっていない番号だったし、よく覚えていた。

“まだ繋がればいいけど…もしかしたら…”

その先の事を考えまいとしながら、俺はコール音が鳴るのを待った。

ル…ルルルルル…

“鳴った!番号はあった!”

電話番号はまだ存在していると分かり、俺は少し気持ちが上向いた。しかし、ここで全く違う、移住してきた住民が出たりしたらと思うと、まだ安心できなかった。

三回、四回と繰り返す内に緊張が高まったが、やがてガチャッと音がする。

“……はい?”

やや遠慮がちに、警戒しているようなその声は、間違いなく俺の父親だった。もうほとんど覚えていないと思ったし、歳も取っているはずなのに、“ああ、父さんだ”と分かった。

でも、俺は何から言えばいいのか一瞬迷い、やっぱりこう言った。

「…父さん、久しぶり。昭だよ」

すると、電話の向こうからは息を飲む気配が流れ、ややあってからして、また父が話し始めた。

“昭…?本当に昭なのか?”

「うん、そうだよ。帰ってきたよ」

そう返すと、やっぱり父は怒った。

“…お前、こんなに長く、一体どこに居たんだ!”

「訳は今は話せない。実は、交番で電話を借りてるんだ」


その後、なかなか電話を切りたがらなかった父だけど、お金も身分証も無いと話すと、「迎えに行くから」と言われ、父の車で俺は帰る事になった。


俺は、交番の警察官とはほとんど話さずに、ある事を考えていた。

“俺は、もう“秋兵衛”じゃないのかもしれない”

“これからは、矢島昭として、生きていかなくちゃいけない…”

この現代では、俺を“秋兵衛”と呼ぶ人は一人も居ないだろう。でもそれでは、俺が江戸時代に居た頃の子供達や、おかね、大家さんに籠屋の二人…それらの人達が、まるで元から居なかったかのようで、寂しかった。



再会した父はすっかり白髪になっていたけど、まだ元気そうで、日焼けした顔で、しゃっきりしていた。そして、俺に突然こう言った。

「家に帰ったら、話したい事が二つある」