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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】

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第五十二話 二十五年






俺は、目眩の中をたゆたいながら、段々と大勢の人が歩く音へと近づいていくような気がした。

香の香りは途中で途切れ、目を覚ました時には、背中に石のような硬い感触を感じ、目を開けると、ビルの窓ガラスがそびえ立つ、東京に戻っていた。

視界に飛び込んできていたビルは、どこの物か分からない。でも、足早な雑踏は誰も俺に構わず、なんとなく東京だろうと思えた。

俺は思い出を引きずる暇もなく、自分の居場所を探さなければならなくなった。



「すみません、聞きたい事があるのですが…」

俺がまず向かったのは、付近にある交番だった。それは道行く人に場所を聞いたのだが、俺が道を聞こうとすると、その人は酷く怯えて、おどおどとしていた。

途中で気づいて元結をやぶり、俺は元の“山賊”の髪型へと戻る。頭頂部を剃り落とすのはお武家だけだから、町人はほどけばいいだけだ。



交番に着くと、下駄履きに古い着物姿の俺を見た警察官さん達はどよめき、俺は訝しがられながらも、暖かく迎えられた。

「それで、お帰りになるお金がないと」

「え、ええ…財布を失くしてしまいまして」

俺は、江戸時代にタイムスリップした時と同じように、事情を伏せて、警察の人からお金を借りようとした。

しかし、「一応、住所氏名を控えさせて下さい」と言われた時、はたと困ったのだ。

“俺の住所、まだあるかな?”

そこで、確かめようと思って、俺は、目の前に居る警察官さんにこう聞いた。

「あの…今は何年でしょう?」

「はあ、令和の二十七年ですが」

“なんだって!?”


俺はもちろん、“元居た時間にきっちり戻って来れるだろう”なんて自信があった訳じゃない。でも、自分が江戸で過ごした二十五年程の年月が現世でも流れ去っていたなんて、予想をしていなかった。

俺は驚いて叫ばないようにぐっと堪えたが、警察の人は、俺が酷く驚いている事に気づいたようだった。

「どうしました」

「あ、いえ…その、もう一つ、相談したい事があるのですが…」

俺の頭の中は混乱でいっぱいだったが、必死に今やるべき事にたどり着くまで、考えた。

多分、俺が住んでいたアパートには、既に俺の居場所は無いだろう。

家族は捜索願を出してくれたかもしれないが、二十五年が経ってもまだ探しているなんて事はあるだろうか?しかし、確かめない事には分からない…

そこで俺は、警察官さんにこう言った。

「あの…実は、現住所がないんです…」

「はあ」

警察官さんは、ますますこちらを疑うような目で、軽くため息を吐く。でも、俺にとっては大きな問題だ。だって、もし居場所が全く残されていないとしたら、俺はホームレスにならなきゃいけなくなるかもしれない。

「長いこと、家出をしていたもので…それで、捜索願が出されているのか、確認したいのですが…」

「家出?ご家族の方に報せないでですか?」

「え、ええ…」

あまり納得していないようだったが、俺の言い出した事は人を騙すために使われる手口でもないし、警察官さんはもう一度俺に当時住んでいた住所を書き出すように言った。