元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】【改訂】
第五十六話 夢と猫
俺は、せっかく見つけた勤め先を勝手に辞めて、家で酒ばかり飲むようになった。
酒を飲む前は、自分が置かれた境遇を恨むしかない。でもなぜか、酔っ払うと、幸せだった頃が少し近づいてくる気がする。おかねも秋夫もおりんも、まだ会える所に居て、彼らは俺を待ってくれている気がしてくる。
スマートフォンは、初めは鳴りっぱなしだったが、近頃では大人しいもんだ。
でも、酔いが覚めると俺はいつも絶望に追い立てられ、“自分は今どこに居るのか”と問い続けてくたびれ果て、また酒に手を伸ばすのだった。
秋夫が、下戸の俺をからかうのを思い出す。おかねがグイグイと日本酒を一気飲みしていたのを思い出す。おりんが婚礼の時、お酒を俺に注いでくれたのを思い出す。
俺は歌も歌わずただ酔っ払って、目の上を過ぎ去る思い出に涙した。たまにそういう時、「善助」の日記を読む事もあった。
少しずつ酔いが覚めてくると、現実に引き戻される恐怖と不安に押し潰されそうになり、俺は布団にくるまる。
「ああ、もう嫌だ」
誰も聞かない俺の独り言は、天国にも届かないのだろうか。
少し前に決めた、“金がなくなったら首をくくる”というのがだんだんと近づいているのが、俺には分かる。そして、それを止められる何者も、もう俺の周りには居ないのも。
俺は毎晩、夢でおかねと生活している。時には若い頃のおかねで、ある時には子供達も一緒に居て、おかねが四十を過ぎた頃でもあった。
作品名:元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】【改訂】 作家名:桐生甘太郎