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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】【改訂】

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ある晩、俺が眠りに就くと、俺はまた江戸の裏長屋に逆戻りしていた。不思議と、夢の中の俺はそれを当たり前に受け入れている。

ふるふると首を回すと、鏡台の前でおかねが紅差し指で紅を引いているのが見えた。

「どこか出かけるのか」

俺がそう聞くと、おかねは笑って言う。

「嫌だよお前さん。あんたも行くの。年始回りなんだからね」

「ああ、そうだったっけ」

俺は、いきなり正月の年始回りになっていた事も、まだ秋夫もおりんも居ないのを不審がる事もなく、羽織を引っかけてお供えを持ち、家を出た。

江戸の町は正月にはいつもより少し静かだったけど、お店や裏長屋で人々が笑い合う声が聴こえてくる。子供が凧を上げに行くのに親が付き添っている姿なんかは、ちらっと見かけた。

俺達は、お弟子の家の中から何軒か大店を回って、それから大家さんの所へ挨拶に行った。そして帰ってからは、裏長屋のそれぞれに、「明けましておめでとう」を言いに行くはずだった。

俺達が木戸をくぐってすぐに、おかねはこう言った。

「トメさんは先年亡くなったからねえ、さみしいねえ…」

「そうだな」俺はこれにも、動じずに返した。

でも俺はその時、自分の背中に向かって、大きな手が伸びてくるかのような感覚があった。まるで、後ろから誰かが俺を捕まえて、おかねから引き離そうとしているような。これは、おかねとの夢を見ると、必ず最後に現れる物だった。

夢の中で、俺はいつも恐ろしくて振り向けない。目が覚めてから、その事について思う事は色々あった。

“あの気配に振り向いたら、江戸時代の夢をもう見られなくなる”

“もし振り向いたら、その正体が恐ろしいあまりに、起きた途端俺は死に走る”

様々に思いつく事はあったけど、良い予感は一つもなかった。でも、一つだけこう思う事があった。

“もしかしたら、あの気配に振り向けば、俺は永遠に夢の中から出る事はなく、おかねとずっと一緒に居られるのではないだろうか”

そんな気持ちはあったけど、やっぱり怖過ぎて出来なかった。



家の中は荒れ放題で、俺は父親が残してくれた少々の貯金を、ほとんど切り崩していた。でも、食べる物は納豆や豆腐、煮染め、鰯や握り飯が多かった。時には、おかねとの思い出に思い切り贅沢をして、ねぎま鍋を作って食べたりした。

「なあお前、覚えてるか?また会ったな」

俺は、どんどん増えていく独り言で、ねぎま鍋にそう話し掛けてみたけど、あの時と同じ魚が入っている訳でも、煮えた具材が喋るはずもなかった。俺はその時も酒を飲んで、酔っ払っていた。

“さあさ、お前さんもおあがりよ”

おかねが優しく俺にそう言ってくれたのを思い出す。俺は酔いの中で、どうして彼女がここに居ないのかが不思議な気持ちがした。だから、また独り言を言った。

「なあ、おかね…お前、俺を迎えに来てはくれないのか?」

広いキッチンには誰も居ない。だから返事も無い。俺は酷い孤独を感じ、ねぎま鍋が涙でぼやけた。

「おかね…!」

俺が呼ぼうと、彼女は居ない。

鍋の中には、俺一人では食べ切れない量の具材が詰まっていて、おかねの分と思って、俺はねぎま鍋を半分残した。


翌朝俺は、残りの鍋の蓋を開け、それを食べるのを躊躇した。

その時後ろに人の気配を感じて、キッチンの隣りにある和室を覗くと、おかねの姿があった。でも、それは幻覚だと、俺にははっきり分かった。

絞りの浴衣で洗い髪をきゅっとまとめ、彼女は威勢よくお弟子のおさらいをしていた。お弟子は向こうを向いていて顔は見えないし、見た事がない、へんてこな着物の着方をした人だった。

三味線の音は聴こえなかったけど、おかねの姿は透けてもいないし、俺に気付いたように自然と顔を上げ、俺に笑いかけてくれた。俺は、自分の頭が見せているただの幻覚だと思って恐ろしさも大して感じなかったけど、おかねに近寄る事は出来ず、ただ俺に微笑んでいるだけのおかねを置いて、寝間へと上がって行った。


そんなある晩、夢を見た。それはいつもと違っていた。