元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】【改訂】
俺はある日、現代に帰ってきた翌朝のように、土蔵の戸を開けた。そして、何枚かの着物と帯、それから下駄、あとは「おやえ」と「善助」の日記、さらに、その時偶然見つけた古い煙管を持ち出して、自室に帰った。
広い家には、もう俺以外は誰も住んでいない。だから、江戸のように振舞っていても、誰も何も言わない。
俺は毎日、着物を端折って帯を締め、煙管に刻み煙草を詰めて、煙を吐いた。
俺には、“これからどうしよう”と決める前に、考える時間が必要で、でもその考えからは何も答えが返ってこないだろうと知っていた。だから、ついでのように頭の隅でこう思った。
“金がなくなったら、どっかにぶる下がるかな。そうすればおかねとも会えるし、そこには父さん母さんも居るんだろう。みんなそこに居るんだろう”
俺は少しずつ、移ろいを続ける現世から離れ、毎晩夢で逢うおかねを、本物と思い込むようになっていった。
作品名:元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】【改訂】 作家名:桐生甘太郎