元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】
「住職、今日も、ですね」
小さな寺で、小坊主と住職が、襖を開けて墓地の方に目をやり、話をしている。
「ああ。主人の墓から離れたくないんだろう…」
「でも、今日はこんなに酷い雨なのに…」
ざざあーっと降りしきる雨の中、一番手前に見える新しい墓石の前に、黒猫が座り込んでいるのが、頭だけ見えている。猫は墓の前から動こうとしない。
「心配は心配だが、猫には分かるまい…」
「よほどに主人の事が好きだったんですね…かわいそうに…後で様子を見てきます…」
「ああ」
雨が止んで小坊主が墓の方へ猫の様子を見に行くと、墓石のそばには、冷たくなってしまった黒猫が、ぐったりと丸まっていた。
おわり
作品名:元禄浪漫紀行(51)~(57)【完結】 作家名:桐生甘太郎