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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Locusts

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 女と子供二人がC棟のエントランスへ歩いていき、その姿が見えなくなるまで待った後、木之元はヴェルファイアをステップワゴンとは反対向きに並べて、下ろした窓から手を伸ばし、相手の窓を優しく叩いた。何ら特徴のないセンター分けの頭に、黒縁眼鏡。ダークグリーンのストライプが入ったブルーのポロシャツ。見るからに住む世界が違う。相手が窓を下ろし終えるのを待って、木之元は言った。
「そこ、停めたいんすよー」
「あ、ごめんなさい」
 男が言い、慌ててシフトレバーに手を掛けたとき、木之元はできるだけ人当たりのいい愛想笑いを浮かべて、言った。
「誰か、訪ねてきはったんですか?」
「八〇一に掛井って住んでますよね? 親戚なんです」
 木之元が呆気にとられたようにうなずくと、黒縁眼鏡ポロシャツの男は恥ずかしそうに頭を下げてシフトレバーをドライブに入れた。スペースが空いてヴェルファイアを停め終えたとき、木之元は思わず笑った。親戚? 掛井は入った金を片っ端からパチンコで溶かすギャンブル狂だ。家族はいたと思うが、話すときはいつも過去形だった。
 これは、帰ってきて正解だったかもしれない。これだけの人間が住んでいると、あるタイミングでふっと空気が入れ替わるときがある。おそらく、住んだことがある人間しか分からないし、何人かにその話をしても反応は鈍かったから、気づかない人間もいるのだろう。木之元はヴェルファイアから降りると、C棟とB棟の間まで歩き、集会場の前に立った。鍵はかかっているが、やけくそのように巻かれていた鎖が綺麗に整理されて、一重になっている。使う予定があるとすれば、誰かをシメるときだ。一応『自治会』というものが存在していて、集会場の鍵はA棟の沢田、B棟の橋本、そしてC棟の掛井が持っている。もちろん自由に使えるから、借りたければ三人の内誰かに声をかければいい。三人とも細かな事情を聞いてくることはないし、こちらも『集会』に使うのだから、目的内使用ではある。木之元はB棟の駐車場まで歩いて、エントランスと反対側のドラム缶前に立つ巨大な人影を目に留めた。後ろから背中を小突くと、振り返った熊毛が愛想笑いを浮かべた。
「木之元さん! こんばんは」
「声でかいねん、お前。どないしたんや、道迷ってんのか?」
「いえ、ちょっと」
 熊毛が言葉を濁し、木之元は前に回って脛を軽く蹴った。
「はっきり言えや」
 木之元が拳を固めると、熊毛は弁解するように手を顔の前で振った。
「見張りです、ちょっと見張ってます」
「なんでちょっとやねん、ちゃんと見張らんかい」
 そこまで言って、木之元は辺りを見回した。何人か、それらしい動きをしている人間がいる。一斉に連絡が入ったのだろう。しかし、一体誰から?
「誰に頼まれたん?」
「青鬼さんです」
「何を見張れって? アホ毛、あのな。一回のラリーで全部言えや、卓球してんちゃうぞ」
「あの……、青鬼さんからは口止めされてまして……」
「ほんまかー、そこまで言うたら全部バレてんのと変わらんがな」
 木之元が呆れた表情で笑いながら言うと、熊毛は自分自身に呆れたように、同じ表情で笑った。
「……、変わりませんかね?」
「はよ言え」
 熊毛は答える代わりに、宙を見上げた。木之元は同じ方向を見上げて、呟いた。
「あれを見張ってんのか。なんで?」
 A棟の九〇一号室に明かりが点いている。ポン松が一カ月ぶりに帰ってきたのは、さっき早川に電話があったから知っているが、正直な話、今更帰ってこられても目障りだ。早川とポン松は、長い付き合い。しかし今は、二人が揃っている限り手出しできなかったことが自分の手の中にあるし、上手く回っている自信がある。だから、あまり周りに言いたくないことではあるが、ポン松の動向は気になる。
 しかし、青鬼がそれを内密にしたがるというのは、どういうわけだ? 

 チャイムが鳴り、ソファをひとりで使っていた川手は飛び上がって驚いた後、めちゃくちゃに跳ねまわる心臓を手で押さえた。スマートフォンで映画を見ていたポン松が顔を上げて、言った。
「出前いっちょー。来たわ。隠れときや」
 スマートフォンをテーブルの上に置くと、ポン松は立ち上がり、玄関まで歩いて行った。川手は居間から顔を覗かせて、ドアが開く直前に再び隠れた。部屋にいるところを見られたら、通報されるかもしれない。
 ドアを開けたポン松は、その顔を見るなり小さく頭を下げた。橋本は呆れたように笑い、スーパーの袋を差し出した。
「はいよ。人使い、荒すぎますからね」
 ポン松は袋を受け取って靴箱の上に置き、一万円札を財布から抜いた。橋本は一万円を自分の財布に仕舞いながら、シルバーとピンクの派手なスニーカーの隣に並ぶ、やや小さめの白いスニーカーを見下ろして言った。
「その靴、何ですか?」
「スニーカー」
 ポン松は咄嗟に言ったが、橋本は片方の眉をひょいと上げた。その分かりやすい表情は、隠し忘れたと大声で言っているのとほとんど変わらない。
「いや、それは分かりますけど。友達っすよね? 学生さんが履くような靴ちゃいます?」
 橋本がそこまで言ったとき、居間から再び顔を出した川手が言った。
「あの、私のです」
 橋本は目を丸く開き、ポン松で半分塞がった視界の隙間から川手の顔を見ると、絵面からの想像で頭の中が沸騰したように、険しい表情のままポン松の顔を見上げた。
「は? 死んで?」
「ここまで無事に来るための保険。ちょっとうまくいってないねんけど」
「いやいや。いやいやいや、ないない」
 橋本は早口で言うと、ポン松を押しのけて靴を脱ぎ、自分の家のように廊下をつかつかと通り抜けて、居間に入った。川手が勢いに押されたように後ずさってソファに座り、橋本は言った。
「連れてこられたん?」
「いえ、そういう感じじゃなくて、待ち合わせみたいな……」
 橋本は、玄関の鍵を閉めて戻ってきたポン松の方を向いた。
「何してんすか? なんか外に女作って逃げたってとこまでは、噂で聞いてるんですけど。変態なって帰ってきたんすか?」
 川手が思わず笑い出し、橋本は手を横に振った。
「いや、笑いごとちゃうから。もしかして、打ち解けてる?」
 川手は唇を結んで真顔に戻ると、首を横に振った。
「そんなことないんですけど」
 その表情を見る限り、ポン松が普通に話せる程度まで懐柔したのは間違いない。橋本は苦い表情のまま、ポン松に言った。
「青鬼にめっちゃ探されてますよ。翔も見張りに駆り出されてます」
 ポン松は頭を掻きながら、計画が狂ったように小さく息をついた。
「そうかー、はるだけ外に出したいんやけどな」
「はるって。気安く呼ぶなや」
 橋本が叩きつけるように言い、川手はその力関係を読み取れずに、真顔で二人の顔を交互に見た。橋本が視線に気づき、申し訳なさそうな表情に切り替えると、言った。
「はるって名前なん?」
「はい、川手陽菜っていいます」
「全部言わんでええのに。わたしは橋本ひなた。ちな、何歳?」
「十四です」
 川手が答えたとき、ポン松が笑った。
「それは聞くんやな」
「うっさいな」
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ