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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Locusts

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 ポン松の勝算は、自分が早川の旧友だということ。赤鬼と青鬼はただでさえ危ない線を渡っているから大人しくしているだろうという算段があったはずだ。そもそも、『早川とかキノの耳に入ったら、ボコボコにされるやろ』と言って、いざというときの緩衝材を申し出たのが、ポン松だったのだ。その時点で金を掠めとる機会を窺っていたに違いない。
 赤鬼は、スマートフォンの画面を眺めた。駅でポン松を見つけてすぐにメールを送ったが、早川とキノからの返信はない。二人とも、ポン松が突然消えて随分と気にしていた。できたら連絡を入れたくないが、放っておいても誰かから連絡が入る。自分だけが見過ごしたと思われたら、それはそれで恐ろしい。
 とにかく、現金が手元から消えた後は、まず洗浄担当の福田と口裏を合わせた。
『思ったように動かせないみたいで、時間がかかってます』
 引き延ばせるポイントはここしかないし、上司はその辺に対して理解がある。それでも、引き延ばせるのは三週間が限界だった。顔や性格を知っていれば説得の糸口も見つかりそうだが、いつもメッセージのやり取りだけで、その顔を知っている人間は、知り合いにはいない。
 赤鬼は原付を壁に沿わせてスタンドを立てると、すぐ隣に停めた白のスカイラインGTに乗り込んでエンジンをかけた。部屋でじっとしているのが落ち着かなくて、最近はずっと動いている。青鬼は冷静に部屋でゲームをしていて、我が弟ながら凄いなと感心する。もちろん、一昨日福田と連絡がつかなくなったときは、さすがの青鬼も少し顔色を変えていた。逃げるかもしれないとは常に思っていたが、実はそれすら叶っていない可能性もある。もしかしたら、福田は『寸胴屋』にやられたのかもしれないのだ。寸胴屋というのは専門業者の呼び名で、この業界の切り札として都市伝説になっている。とにかく根気のいいタイプで、名前の由来は、大きな寸胴鍋で温度を管理しながら相手を煮込んで情報を聞き出すという、独特な拷問スタイルから来ている。聞き出したら強火で骨までボロボロになるまで煮込み、残った固形物が排水溝へ流れないよう、丁寧に濾過して自然に還す。ピアスから指輪まで、体中に貴金属がまとわりついている福田は、溶かされたら金属の山が残るに違いない。特に、薬指にはまった十字架のような形の指輪はサイズが大きく、ラムシュタインというバンドのものだと言って、よく自慢していた。
 もちろん、寸胴屋の下りはもちろん噂話だけで、顔を見たことはない。おそらくその顔を見るときは、自分が寸胴の中にいる可能性が高い。もし寸胴屋が動いていて、福田が液体になる前に全て話したと仮定すると。間違いなく次は青鬼か自分が入る番だ。数時間前までは、そう思っていた。ただ、今は現金を失った自分たちよりはるかに分の悪い盗った側が、戻ってきている。しかし、間が悪いことに、ポン松はよく知らない女と一緒にいた。赤鬼はスカイラインでA棟の前まで移動すると、エントランスから出てきた青鬼が乗り込むのを待った。
「あの女、何?」
 赤鬼が食いつくように顔を向けると、青鬼は混乱が残ったままの表情で首を傾げた。
「女つうか、よう見たら子供やったわ。中学生とかちゃう?」
「あいつ、そういう変態なんか」
 赤鬼が言うと、青鬼はポケットから折り畳み式の剃刀を取り出して、ダッシュボードの中へ入れた。
「知らんけどな。顔とか似てないし、親戚って感じでもなかったけど」
「ポン松に似てる女子とか、それだけでほぼ人生終わっとるやろ」
 赤鬼はそう言ってスカイラインを発進させると、団地を周回する細い道路へ入りながら言った。
「とりあえず、あいつの顔を見たら逐一報告するよう、界隈に連絡回しといてや」
「はいよ」
 青鬼は短く答えると、スマートフォンを取り出した。友達、知り合い、その他。早川とキノを除く全員に連絡を取れば、空に向かって飛び上がりでもしない限り、団地から出る前に誰かに見つかる。逃げ場はない。それにしても。青鬼は、折れ曲がった自転車の残骸を眺めながら考えた。ポン松はどうして、帰ってきたのだろう。
「返事ないなー」
 青鬼が呟くと、赤鬼は笑った。
「まだ三十秒も経ってへん。気、短すぎやろ」
 ほとんど光が通らない団地の裏を通る道に入ったとき、路駐している車のドアをこじ開けようとしている二人組に気づいた赤鬼は、ヘッドライトをパッシングさせた。ひとりが動くのをやめて、もうひとりがピッキング用の細い棒をポケットに入れた。青鬼は窓を下ろして、スマートフォンのライトを二人の顔に向けながら言った。
「本剛団地ケーサツでーす、何してんねん?」
 赤鬼はライトで照らされた二人の顔を見て、顔をしかめた。名前は忘れたが、最近キノに可愛がられているコンビだ。
「えーっと、ちょっと邪魔やったんで注意しとこかなーって。誰もいてないんで、もう戻りますわ」
 ひとりがつらつらと答えるが、その口調には敬意が感じられない。赤鬼が返事の代わりにアクセルを二回踏み込んで空ぶかしをすると、それを合図に青鬼は近づいてきた方の頭を掴んで車の中に引き込み、窓を上げて首を挟んだ。
「歩くんだるいやろ、送ったるわ」
 青鬼が言い、その冷静な口調に笑った赤鬼はシフトレバーを一速に入れると、クラッチを雑に離した。骨が曲がる勢いで首を引っ張られて男が悲鳴を上げ、その顔を見上げた青鬼は頬を覆う無精ひげに笑った。
「お前、もうちょっと身なりちゃんとせーよ」
 剃刀を取り出して上下左右に揺れる男の頬に当てると、時速五キロで徐行するスカイラインの助手席で、青鬼は呟いた。
「剃ったるわ。動くなよー」
 もうひとりは追いかけようと足を踏み出しかけたが、すぐに諦めたようにそっぽを向いた。赤鬼のスカイラインに傷でもつけたら、ただでは済まないことを知っているからだ。
「さっきの車やけどな。外の人間に手出したら、速攻で警察くるから。そんな基本的なこと、知らんわけないよな?」
 どいつもこいつも、目が届かないところで好き勝手に振舞っている。こちらも人のことは言えないが、芽は早めに潰しておかなければならない。青鬼が剃刀の方向を変えるために柄を握り直したとき、マンホールを踏んで車体が大きく揺れ、剃刀が瞼の上を滑った。
「ごめん、めっちゃ揺れたな」
 C棟から一番離れた公園側まで来たところで赤鬼がスカイラインを停め、青鬼は窓を下ろして顔の右半分が血で真っ赤になった男を解放した。スマートフォンを取り出して誰かと連絡を取っているのがバックミラー越しに見えたとき、赤鬼は笑った。
 何かあったら、すぐに仲間と共有する。こいつらはひとりなら何もできない。
   
 大学を卒業し、そのまま二年もファミレスのバイト店員を続けた結果、何の権限もないまま『リーダー』と呼ばれるまでになった。最近では、からかいの言葉にすら感じる。宮田照彦が横倒しになったグラスを起こして、テーブルの上に広がった水を拭き上げ始めたところで、家族連れの大黒柱と思しき黒縁眼鏡の男が頭を下げた。
「わざわざ、すみません。こっちで拭きますよ」
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ